デザインが生まれる「手前」には何があるのか? | 大原大次郎さん〈1/4〉
「デザインの手前」は、デザインに関わる編集者2人が、多彩なクリエイターをお招きするトークプログラム。ニュースレターでは、最新エピソードの内容をテキスト化してお届けしています。今回から番組初のゲスト・大原大次郎さんのエピソードがスタート。初回は、番組タイトルの由来にもなった大原さんの文章を入口に、大原さんが強い関心を抱いている「デザインの手前にあるもの」についてお話を伺いました。
「デザインの手前」の生みの親
原田:今回からゲストをお迎えする本格的なスタートになります。今日お招きしているのは、グラフィックデザイナーの大原大次郎さんです。
大原:よろしくお願いします。
原田:大原さんは1978年生まれのグラフィックデザイナーで、皆さんがよく知るところでは、星野源さんのCDのジャケットのアートワークや著作物のデザインなどをされています。その他にも、さまざまな店舗や宿泊施設などのアートディレクションを手掛けているデザイナーです。大原さんの特徴はやはり手書きのタイポグラフィで、モダンデザイン的なシンプルでミニマルなデザインに対して、ある種プリミティブな手描きのアートワークというのが大原さんが登場してきた当時は新鮮でした。また、ご自身の作品で作られたり、ワークショップをやられたりもしていますね。
大原さんとはもう結構長いお付き合いで、僕がもともと「Public/image.org」というカルチャー系のWebマガジンを2007年からやっていて、大原さんと出会ったのもその頃で、多分2008年とかですかね。
大原:もうかなり長いお付き合いですよね。
原田:一緒に大阪にイベントに行ったり、色々してきた仲ではあります。山田さんとは、『PEN』という雑誌で。
山田:はい。僕はもともと『PEN』という雑誌の編集者だったんですけど、グラフィックデザインの特集をした時に原田さんに原稿をお願いして大原さんに取材をさせていただきました。
原田:今日大原さんとお話しをするということで、過去の記事を見返してみたら、2012年と2016年の2回『PEN』では取材をさせていただいましたね。今日大原さんをお呼びした理由もお話ししたいのですが、大原さんはこのポッドキャストのタイトル『デザインの手前』の生みの親というか(笑)。
大原:それは恐れ多いです(笑)。
原田:前回の収録でもお話しさせていただきましたけど、先日大原さんが銀座で展覧会をされていまして、そこに「手前」という文章が書かれていて、これはタイトルとして凄く良いんじゃないかと思って。
大原:ご連絡を頂いてビックリしました。
原田:これはもう1回目は大原さんだろうということで、今日お越し頂いた次第です。ポッドキャストのカバーアートも大原さんによるものですね。色々お話を聞いていきたいんですけど、「デザインの手前」はそのタイトルの通り、デザインそのものというよりは、その周辺にあるあれこれについて聞いていきたいなと思っているので、もちろん仕事の話もお聞きしつつ、その手前の話というのを色々聞けたらと思っております。
大原:よろしくお願いします。
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最初に直線を引いたのは誰か?
山田:展覧会の冒頭にも展示されていた「手前」の文章が凄く印象的だったのですが、この文章は大原さんの作品集『HAND BOOK』でも紹介されています。僕たちがタイトルに引用させて頂いたのは、この文章が何よりも魅力的だったからなんですよね。
大原:ありがというございます。展覧会でも結構素通りされるようなところにあったのでうれしいです(笑)。
原田:リスナーの方に内容を説明できればと思います。湯川秀樹さんの『自然と人間』という論考の中で、「自然は曲線を創り、人間は直線を創る」ということが書かれていて、大原さんが「曲線に満ちた自然界の中で、最初に直線を引いたのは誰なんだろう」といった問いを立てているんですよね。
そこから、文字の原型って何だろうとか、線の原型、音楽の原型って何だろうみたいなことに広がって、そういう手前のことを考えていくことが楽しい、心惹かれるものはそういうデザインの手前にあるんだという話を書かれていたんですよね。
山田:この文章が凄く哲学的で。人間が歴史を重ねてきた中で、いま自分たちがどういう地点に立っているのということも含めて考えるような部分があり、デザインというものが意外と語ってこなかった文章なのかなと思いました。
大原:初めての本を執筆するということが、この文章を書くきっかけになりました。これまでの20年分ぐらいの活動をまとめるという意味で「作品集」ということになるのかもしれないですが、いわゆる作品集というよりは、「デザイン」という言葉をあまり使わないで、できるだけ自分が中高生の頃に何かから影響を受けた時のような、キャプションではない入口というか、僕の場合だとそれが音楽なんですけど、何か入口になるような本になるといいなと思ったんです。
だから、できるだけ専門用語を使ったり、デザインの玄人の方たちに認めてもらうようなものをと背伸びするのではなくて、もっと身近でもっと等身大のものにしていこうと。いままで自分がやってきたことを言い表す言葉は、「手遊び」と「手探り」ということになるのかなということで文章を書き始めて、書き始めたら「手前」といううキーワードが後から掘り起こされてきたんですよね。ルーツを辿っていって、自分のそれこそ「手前」にあるものを掘り起こしていけたらなということを書き連ねてみた感じですね。
いまだにデザインは謎が多くて。僕は武蔵野美術大学の基礎デザイン学科を卒業したんですけど、そこが哲学的な内容の授業が多くて、最初に多分出された課題も「あなたにとってデザインとは何ですか?」みたいな。
山田:いきなりそんなことをやるんですね。
大原:小論文なんですよね。デザインの実践っていうよりは考え方。4年後の卒業間近にも同じようなことをした記憶があるのですが、そこから20年以上経った今でも、同じところを探り続けてるところもある。
色々やってきた過程そのものが「手遊び」と「手探り」というところで。デザインの本質を考えていこうとする時に、真ん中を探るよりは手前を探ってる方がつかみどころがあるというか、そういう感じの文章にできたらなと思って。歌とか線とか諸芸術になる前はどんな感じだったんだろうって想像するのが結構楽しくて。多分遊んでたんだろうなみたいなことも感じたんで、それを書いてみました。
山田:この文章を読むと、いみじくもデザインは自分に関係ないと思っている人も子どもの頃には誰もがこれを通ってきているところがあって。デザインという言葉を使わずにその本質的な部分を言い当てているというか。
原田:その感覚はよく分かるというか、デザインという言葉を使ってしまうことでデザインが語れなくなるみたいな感覚が最近特に強まっている気がしてるんですよね。何でもデザインと言ってしまえばそれで成立するような、ある種マジックワード的なところがあると思うんですけど、デザインという言葉を使うことで何かつかめなくなってしまう感覚はすごくあって。
前回山田さんとお話させてもらいましたけど、どんどんデザインがの対象が広がっていく中で、なかなかデザインというものがそもそもなんだったのかということが、どんどん見えづらくなってきている。デザインが民主化されているという言い方もできるとは思うんですけど、それぞれデザインという言葉を聞いたときに考えるものが全然違っていたりしていて。それはまだ良いとしても、それぞれの領域でタコツボ化していくような状況だったりとか、多様化しすぎたが故に、ちょっとわかりにくいものになってしまってるなみたいなところがあって。
いま大原さんにお話をしていただいたように、もうちょっとデザインの源流に遡っていった方が見えてくるものあるんじゃないかっていうところは考えていて。
山田:デザインって言葉がトランプのジョーカーみたいになっちゃっていて、それを出すとゲームが終わてしまうから、その前後の話をしたい時にそのカードは切らない方が、ゲームを楽しめるみたいなところがあるのかなと。別にデザインって言葉自体に罪は全然全くないんですけど、社会の状況が安易にデザインという言葉を使い始めてしまったのかなっていう感じはありますよね。
大原:便利な言葉というかね。「センス」とか「個性」とか「才能」とかその辺も美大とかでは語られがち、使われがちなんですけど、1回NGワードにしてみると、結構広がるというか、それを心がけたいところはあるというか。
原田:「デザインという言葉を使わない」という制約をつくることで思考が広がっていくというのもある種デザイン的ですよね、制約の中でどう考えるのかという。
過去作に新たな息吹を与える展示
原田:東京のギンザ・グラフィック・ギャラリーで、2023年の12月から24年の1月にかけて展覧会をされていましたが、この展覧会とお話しいただいた「手前」の文章が書かれているこの作品集、これらは並行して進んでいったのですか?
大原:そうですね。ほぼ同時発生と偶然の一致で進んでいったのですが、グラフィック社さんというか室賀さんという担当編集さんと、ギンザ・グラフィック・ギャラリーのご担当の方からほぼ同時に話が持ち上がったんです。ちょうど活動を始めて20周年ということもあったのですが、全体的に転がっていくというかドライブしていったという。
原田:なるほど。展覧会をやるから本をつくりましょうという流れともちょっと違ったんですね。
大原:はい。もともとつくりたかった本も長年寝かせていたので、このタイミングがベストかなというのが一致した感じでしたね。
原田:そういう意味ではこれまでのキャリアを総括するような機会だった?
大原:アーカイブ化したり、振り返りにしてしまうと止まってしまう気もしたので、過去の作品をイキイキと生かす展示にすることを意識しました。CDなんかは一度世に出ているもので、おそらく当時店頭に並んでた状態が最も輝いていたと思うんですけど、音楽としては今後も引き継がれていくものとしてあって、そこにカバーというものが存在している。時代が変わると聴こえ方も変わったりするように、同じグラフィックデザインも「懐かしいね」みたいなものというよりは、新しい感じが出る見せ方ができればというのが展覧会も本も一致してるところでした。し生々しいドキュメンタリーっぽいというか、リマスター版よりもちょっと先みたいなものをやってみたいなって思って、その辺が意図でしたね。
山田:それもあって時系列が結構わからない展覧会になってましたよね。同世代を生きていると、SAKEROCKや星野源さんの活動などでもちろん何となくは時系列がわかるんですけど、何も知らない状態で見ると、どの作品がいつつくられたかというのがわからない。
大原:「リミックス」という手法と、今のメディアに合わせた聴きざわりにする「リマスター」というものがあると思うんですけど、それを両方やっていくみたいな感じでした。過去の存在であり、弾き直すほどリフレッシュさせるわけじゃないけど、できるだけフレッシュにさせていくというか。今回はドキュメンタリー的な方式で、出会った人たちと什器からつくって空間で見せていく展覧会と、ページネーションで見せていくってエディトリアルの両方をやっていった感じで。組んだ人たちも結構重要で、誰とやっているかっていうことが、多分「現在」を示すのかなっていうことでやっていましたね。
原田:会場には小屋とか屋台とか造作があって面白い空間でしたよね。
山田:その中で唯一高校生の頃に手がけたものというのだけが、時系列がわかりましたよね。それは展示としても過去のものであるということを会場にいらっしゃった方にも意識させるようなものだったかなと。
大原:そうですね。デザインの側面として、洗練とかカッコ良い、おしゃれみたいなものものって、エッジな部分というんですかね。それが取り上げていただける部分でもあるかもしれないんですけど、結構僕は「下手さ」とか「いたらなさ」「たどたどしさ」といった何かになろうとしてるエネルギーみたいなものに惹かれるところがあって。音楽の世界だと、洗練とは別の方向の生々しさを受け入れてくれる受け皿って結構広いと思っているんですけど、グラフィックデザインでもそういう広がりがあるといいなと。自分の割と恥ずかしい部分というか、どこか「手前」の部分をああいう銀座の真ん中のギャラリーの一角でちょっと隠し部屋的に見せれればと。そういう部分も隠さないというか、ちょっと隠れたところにあるみたいなことで出せたらいいなということで高校時代につくったものも入れていました。
山田:あそこだけローファイというか、録音状態があまり良くないけど、初期衝動の良さみたいな、テープで撮りっぱなしの感じがあって良かったです。
デザインの手前の線へのまなざし
原田:グラフィックデザイナーはやはりつくり出すカタチに目を向けられがちですが、つくっている当事者としての大原さんのまなざしは、カタチになる前のさまざまな線に向けられていると思うんですけどね。作品集の中にも書かれていましたが、自らの手で引く線はもちろん、動線とか琴線とか、次節の移り変わりのタイムラインとか、そういう目に見えない線というものへのまなざしが大原さんは凄くあるなと感じていて、おそらくそれは表出してるカタチにもつながってると思うんですけど、そういうところが凄く面白いなと。
大原:例えば、宮崎駿さんのドキュメンタリーとかを見ると、最終的にクリーンアップ化された線の手前に、動きを捉えようとする探りの線があってそれが凄く好きで。あの状態の線でアニメも見てみたいぐらい。多分この線っていうのを捉えるまでに幾度となく探ったりしているんですよね。自分もラフを書く時とかに、形を探っていくラフな状態の線を完成まで消さなかったり、クリーンナップした上で1回戻るという作業をするんですけど、その辺の最終形には見えてこない線みたいなものにも興味がありますし、原田さんが仰っていたような「視線」とか「動線」とか「琴線」とか「伏線」とか、日本語だと結構見えない線に対する言葉があるなと思っていて、それがムードとか気配とか雰囲気とか少し捉えどころがないけど感じられるものとつながっているんだろうなと思っていて。絵画の方もアニメの方の方も、何かに表す時にそうした線も探って一緒に探っているんだろうなっていう気はしていまして、その辺はすごく興味があるというか多分いまだに探っているところなんですよね。
原田:そういうある種目に見えない色んな線に目を向けながら、その関係を紡いでいくみたいなことって、それこそデザインの根源的な行為にもつながってくるような気がするんですよね。
大原:姿形をそっくりそのまま、たとえば高価なバイオリンである「ストラディバリウス」を3Dプリンタで真似たらまったく同じ音になるのかみたいな話でもあるのかもしれないですけど、そのまま見た目がコピーできればグッとくるものなのかどうかっていうのは結構探っていきたいところで。書道の方たちがやっている臨書というのは、ただ形を真似ればそれで達者なことなのか、もう少し姿勢とか考え方とかを含めて、臨書で何を真似ていくのか、先人から学び取るのか、探り取るのかというのは結構重要なことだろうなと思っていて。それこそAIとかが出てきてる中で、編集的な視点とか選び取るみたいなこととかはどんどん発達していくと思うんですけど、一方で見えていないものとか、これまでの先人たちがつくってきたものから何を探っていくのかという部分は、人間がやることとしてはまだまだ秘密があるというか、掘り起こす部分がまだまだありそうだぞと思っていまして。
原田:その探求を続けているわけですね。
大原:やっぱり不思議が多いんですよね。この人にしか出せない線というのもあって、登山家が辿ったルートみたいなのは形状は辿れるんですけど、それはただなぞっているだけとも思うので。人それぞれに自分の声があるみたいなことと等しく、人それぞれ何か線みたいなものも持っていって、それが触れ合って多分「琴線」みたいなことだと思うんですけど、その辺はやっぱ面白いなと思っていて。
山田:大原さんの作品は記憶をすくい取るようなグラフィックだなと思うことがあって。例えば、明日になったら消えてしまうような砂浜を歩いた足跡みたいなものが、グラフィックの中にどうやって立ち上がるのかみたいなことが、凄く魅力なのかなと思っていて。そこを大切にする人というのはなかなかちょっと思い浮かばないなと。
「しるしのないしるし」を見出す
原田:デザインってそもそも近代的な概念だと思うんですね。基本的には問題解決をするものと認識されていますけど、大原さんの問題解決の手前にあるさまざまなものをすごく見ている感じが面白いなと思っていて。これも本の中で出てきた言葉で、「しるしのないしるし」に目を向けるという話もあって、これも示唆的な言葉だなと思ったんですよね。デザインって基本的に、より良い暮らしをするとかより円滑にコミュニケーションするとか、そういう機能として、何かの問題を解決していくための手段という認識がいまどんどん強まっていると思うんですけど、「しるしのないしるし」、これはデザインの語源の話にもつながりますけど、凄くデザイン的な話だと思うんですよね。しるしのないところのしるし見出していくというところが面白くて。
大原:海岸の近くに住んでいた時期があって、その数年間にやたら散歩をしていた時期にこの文章を書く機会がありました。いわゆる標識とか看板とかそういう意味でのサインやしるしとは別のしるしというのが結構自然の中というか自然と人工の間にあふれていて。それこそいつもそこにいるおじさんでもいいし、同じ時間にすれ違う犬の散歩の人でもいいし、やたらここにゴミが溜まるなという砂浜の打ち上げられたあるゾーンとか、こういうものは自然と人工の営みの中で発生したある意味しるしというかサインというか投げかけなのか、何かしらを読み取れるものなんですよね。時刻だったり、感情もそうかもしれないですし、ここにゴミ溜まるから掃除しようみたいな気持ちの喚起かもしれないんですけど、そういうものがいわゆるそのモダニズム的なサインとは別の意味のしるしというので、「しるしのないしるし」ということを書いたんですよね。日常生活で少し気にかければ気づきそうなささやかなものなんですけど、そういうものも「デザインの手前」、自然発生的に起きているデザインってあるよねみたいな話ですね。
原田:それはもう問題解決というよりは、何かちょっと問いを投げかけている営みというか、デザインというか。そういうところは凄く面白いなと思いましたね。
山田:そこに何を見出すかというところですよね。その蓄積がある意味いまの大原さんのデザインにつながっていると。
大原:読み取り能力というのはいまかなり速くなっていると思うんですね。Instagramでスクロールする速さぐらい、自分が興味のあるグラフィックとか写真とかに対しての脊髄反応は凄く早いと思うんですけど、海とかだたっぴろい空間の中で何かを見出すこととかは時間もかかるし面倒ですよね。自然からの投げかけを別に気にかけなくても生きていけるんだけど、結構重要なことというか。問題解決に限らず、おそらく人が興味を持ったり、フックになるような出来事ってあるよなっていう。
原田:面白いですね。では、1回目はこの辺で切り上げ、2回目以降テーマを変えて引き続きお話を聞いていきたいと思います。
大原:ありがとうございました。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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