人の個性を形作る「癖」の正体とは?| 大原大次郎さん〈2/4〉
「デザインの手前」は、デザインに関わる編集者2人が、さまざまなクリエイターをお招きし、デザインの本質的な価値や可能性についてお話しするトークプログラムです。このニュースレターでは、最新エピソードの内容をテキスト化してお届けしています。今回も引き続きグラフィックデザイナー・大原大次郎さんのエピソードをご紹介。大原さんがワークショップなどを通して追求してきた人の個性を形作る「癖」のお話を伺いました。
「癖」を引き剥がすワークショップ
原田:前回は、この番組のタイトルにもつながる大原さんの「デザインの手前」に対する考えを色々お聞きしましたが、今日は大原さんの仕事であるグラフィックデザインにもとても親しい内容で、文字やカタチが生まれる手前の話を掘り下げていきたいと思っています。
ご自身のアウトプットは非常に作家性が高い大原さんですが、ある種その作家性を疑っているところがあるというか、なぜこういう形が生まれるのかというところの探求をずっとされてきていて、長年探ってきたものに人の「癖」というのがあると思うんですね。大原さんはお仕事の他にワークショップをされていて、そこでも人の癖に迫るような取り組みを色々されてきたと思うのですが、今までどんなことをしてきたのかというところをお話しいただいてもいいですか?
大原:まさに自分の手書きの「癖」みたいなものが何だろうということを思った時に、一人のサンプルだとわからないことも多いので、ワークショップにして「そもそも◯◯って何だろう?」 みたいな5分程度のワークショップで(癖を)剥がしていくというか。これはアスリートの筋トレのようにデザインが上手くなるワークショップというよりは、柔軟体操やマッサージのように身体の中にあるものを引き出していくようなワークなんです。例えば、右利きの人だったら左手で書いてみたらどうなる?とか、目をつぶって書いてみると普段の文字はどうなる? とか。上下逆さで書いてみたら? 鏡文字で書いてみたら? といったもしもシリーズ的に方法を変えてみたり、普段の文房具ではなくて、鉛筆が3メートルあったら何が変わる? とか、グニャグニャのペンだったらどうする? 机がフワフワだったら?といった具合に道具を変えてみたり。あるいは、海で書いたら? 布団の上だったら? と環境を変えてみたり、もしもシリーズ的に、方法、道具、環境の組み合わせを変えるワークから始めて、その延長線上に、もし重力がなかったら文字はどう変わる? といったものが展覧会につながっていったりしました。
大原:普段Illustratorを使ってデザインする時にも、そもそもこの文字やツールのルーツは? もっともっと手前は何だったんだろう? みたいなことを考えやすくなるきっかけになったので、道具と環境と方法のワークショップは癖を剥がすのに割とオススメな柔軟体操みたいな感じ(笑)。デザイナーを目指している方たちだけじゃなくて、色んな方たちが普段持って帰れるワークショップになっていたと思います。
原田:たしかに自分の癖というものを言語化したり分解したりすることは難しいですよね。
山田:お話を聞いていて思い出したのが、資生堂のデザイナーが資生堂フォントのレタリングを最初に練習させられるという話です。以前に聞いた話なので、いまどうなっているのかはちょっとわからないのですが、いまの大原さんのお話とは逆で、あるルールに則って自分の癖みたいなものをある種漂白していく作業ですよね。大原さんの考え方というのは教育的でもあり、デザインや文字に限らず、個人の中にあるものを伸ばしていくという21世紀以降の教育の考え方にも通じるのかなと。無意識の自分とどう向き合っていくのかというのは、大人になってからもずっとテーマとして向き合い続けないといけない部分なのかなとも思います。
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どこからどこまでが自分なのか?
大原:何十年生きていても、録音した自分の声を聞くと違和感があったり、メガネとかマスクとかしているとフレームが見えているはずなのにそれが気にならなかったり。どこまでが自分なのかとか、どこまで自分のことを知ってるのかということを考えると、例えば「寝癖あるよ」みたいなことも含めて相手の方がよっぽど(自分のことを)見えているというか。「これが僕の作品です」と言っている「僕」というのはどこまでなの? みたいなこともあるし、実はその個性は道具にかなり依存しているよねという話もありますよね。みんながIllustratorを使ってものをつくっていたら、やはりそれに依存したものになりやすい。
ものづくりには、道具の個性などが相当入っていて、そういうことを知っていくと、僕の場合は気が楽になるんですよね。主語が自分に寄り過ぎないものづくりができるとか、社会との接点がつくれるとか。そういう意味では、必ずしもコミュニケーションを取る相手が人じゃなくても、道具とか机ひとつでもかなり影響を受けている。人の癖を探るワークショップだったんですけど、結構道具や環境の癖とかを知っていくことになりました。
原田:基本的にデザインというのは個性が求められるものだと思いますが、一方でどんどんデジタルツールが普及してくると、それこそ「漂泊」という言葉もあったように、個性が削ぎ落とされていくようなところがありますよね。そこにある種の矛盾というか、不思議な状況があるなと。これはデザインに限らない話だと思いますが、社会は最適化していく方向に向かっていて、癖をなくしていくことが良しとされるような状況があると思っていて。
大原:たしかにね。自分や道具の癖を知っていくことで、五角形のようなステータスのどこを尖らせるとフックのあるものになるのかといったところにもつながっていく。尖った部分をたくさん知っていくことって、結構遠回りしながらも、それぞれの職業の狙いどころに行きやすくもなるのかなと思っていて。デジタルツールとかAIとか、一発で答えにたどり着けるようなラーニングを経た優秀な到達点みたいなものと一見逆のようでいて、合理的に何かを学んでいくことよりは、体感がしていけるという意味では癖を知っていった方が。別に対抗してるつもりはないんですけど、目指してるところはそれぞれあるよねって話なので、そういう人たちがみんな集って、マッサージし合えるようなワークショップをするというのは、それはそれはそれで豊かだなと思うんですよね。
音楽の質感に近づける文字
山田:皆がスマートフォンで色々見るようになったこともあってか、ブランドのロゴがリブランディングによって視認性が高いものに変わってきていますよね。その過程でブランドが築いてきた歴史や癖みたいなものが結構消えてしまっているような気がして。もちろんデザイナーが細かく調整していることはわかるのですが、どこも似たようなフォントが使われて画一化しているように思うんです。
大原:一気に変わっていますよね。デバイスのスピード感や視認性の中で見ていくっていう中でのカタチが類型化されてるのかなと思うので、やっぱり道具の癖に寄っていってる感じがしますね。
山田:そういう傾向が強まる中で、誤解を恐れずに言うと大原さんの文字は時々読めないこともあるわけじゃないですか。でも、やっぱり僕たちはそこに凄く魅力を感じているんですよね。あとは、経験や前後の関係、文脈から読めるようになっていて、何かそこは人の力を信じているみたいな部分があるのかなと。
大原:本当は読める方が当然良くて、グラフィックデザインの世界でもさんざん可読性というものが言われてきたというのがあるんですけど、もともと音楽のような見え方や広がり方にある種の憧れがあるんですよね。裾野の拡げ方というか。例えばヒップホップなどにしても、ある種の型や様式というものがありつつ、少し癖のあるフローだったり、聴き取れないけど面白いとか、聴き聞き取れることだけがすべてではない聴きざわりみたいなものとか、質感みたいなものが、音楽の方が(グラフィックデザインより)芳醇にあるなと感じていて。
僕は音楽の仕事が多かったので、音楽の質感に近づけていく中で崩していったパターンが、いわゆる文字としては読みづらいけど、音楽のグラフィックとしては成立しているということもあると思うんですね。少し時間をかけて、ある種の謎解きというか、そのジャンルに加担する共犯者になれるような気持ちが生まれるとか、何かその辺から始まった気もしていて。あえて崩して読みづらくしようという気持ちはないんですけど。あと結構、(音楽は)文字と親和性が高いところがあって。音や声から文字につながっていく過程とか。その辺りが自分の癖字のある種の裏側というか。
原田:音楽というのはそういう癖だったり、ある種の様式からズレることを許容するというか、むしろ歓迎するようなアートフォームという側面はありますよね。
人の「癖」をAIが再現する時代
原田:山田さんがさっき話していた企業のロゴがどんどんフラットになって、癖が削ぎ落とされていくような感覚というのは現代のデザインにおける特徴で、再現性が高いもの、代替可能なもの、誰もが許容できるものをつくっていく流れがあると思うんですね。いかに癖を削ぎ落としていくのかという話がある中で、これから先デザインにおける癖や個性みたいなものはどうなっていくのかなと。おそらく人の癖や個性を今後はAIが再現する時代が来ると思うんですよね。
大原:僕なんて一番AI化しやすいパターンだと思います(笑)。木や枝の形とか円定規とか、道具の癖というものをそのまま素直に文字の形にしているところがあるので。ある種プロンプトを自分に打って文字をつくってきた歴史があるのかなと思っているので。
さっきの癖を知るということもそうですし、手前のことに引き戻していくようなやり方というのは、デザインに限らず色んな業種において重要になってくるだろうなって。僕がそれを思い始めたきっかけは宮大工さんの本だったんですね。西岡常一さんだったんですけど、木にも癖というものがあって、育った山の方角からもうその癖が木に宿っていて、その方角の木を取ってきて、建てる時もその方角に柱として建ててあげると、環境や日光条件に対して素直に癖に逆らうことなく建っていくみたいな話があって。また、大工さんが使う「遊び」という言葉ひとつ取っても、ギチギチに組むと壊れやすくなるから、少し隙間を開けておくという考え方で。どちらかというとその場しのぎではなくて、継続させるとか長持ちさせるということを考えると、そういう一つひとつの癖を見極めて、それらを組み合わせることが大切なのかなと思っていて。グラフィックデザインにしても、CDが発売されて数ヶ月で消費されるというタームからサブスクに移行してリリースされた瞬間からサムネイル化しているような時代に移っていく中では、やはりその場以上の聴こえ方、見られ方みたいなものが結構重要になってくるだろうなと。膨大な情報とグラフィックの渦の中で、それこそつくっているものが10年後、20年後にどうなっているのかというところまで含めて面白がれるものをやれていれば、AIと一緒につくることも全然厭わない。その辺が一応現時点での考えというか(笑)。
山田:西岡常一は、材は山を買えといった言葉を残していて、一山買って同じところで育った木を使って一つの建物をつくれと言っているんですよね。もしかしたらAIにとっては大原さんというのが一つの山になるのかもしれない。AIというのはこれから上手く付き合っていくべき存在だと思うんですが、きっと上手くやってくれる部分と、たぶん上手くやってくれない部分が両方ある。前回語られていた宮崎駿さんの話で、線画の中で消されていってしまう線というものをAIはどこまですくい取ってくれるのかという話に今後なっていくのかなと。
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原田:人の癖が環境や道具に依存するという話がありましたが、同時に癖というのは人の身体に蓄積されたものだと思うんですよね。そうした身体を伴った感覚をどこまでAIが拾えるのかというと、たぶんそこは難しい。その辺りも含めて、人とAIはどう切り分けられていくのか、あるいは協働していくのか。
山田:3Dプリンタでまるっと同じものをコピーしたとしても、はたしてそれが欲しいか。僕らはエラーこそが魅力だと捉えているところがあると思いますが、現状のAIはエラーを許容しないというか、エラーはエラーになるだろうなというところがあって。
原田:AIがコピーし得ない癖や個性はどこにあるのかということを見極めることが、今後AIと付き合っていく上でコアな部分になるのかなという意味では、大原さんが探求してきたところには、これからの時代こそ色々なヒントがあるのかもしれないですね。
大原:思い出しました(話の)入口を。宮大工さんの話でしたね。その「手前」を考えていくと、山になっていくんですね(笑)。
山田:山というのが、人ということなんだなと。その人が重ねてきたものとか、歴史とか知恵もそうだと思うんですけど、それが癖になっていくのか、その癖とも向き合っていくのかというのが堂々巡りのようでいて、人がつくるものとしては凄く重要なことなのかなと。
原田:なかなか奥深い話ですね。次回以降も引き続きよろしくお願いします。
大原:ありがとうございました。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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