なぜ設計の「手前」の活動に多くの時間を費やすのか? | 金野千恵さん〈2/4〉
「デザインの手前」は、デザインに関わる編集者2人がさまざまなクリエイターをお招きし、デザインの本質的な価値やこれからの可能性についてお話しするトークプログラム。ニュースレターでは、最新エピソードの内容をテキスト化してお届けしています。前回に引き続き建築家の金野千恵さんをゲストにお招きし、神奈川県愛川町「春日台センターセンター」の事例を中心に建築設計の「手前」のコミュニケーションについて伺いました。
3年を超える地域住民とのワークショップ
原田:金野さんの代表作のひとつになっている「春日台センターセンター」は、建築を設計するまでのワークショップなどに3年ほどの年月が費やされていますよね。今日は、こうした建築を設計する「手前」のコミュニケーションというテーマでお話を伺っていきます。まずは、この春日台センターセンターがどんな施設なのか、概要を簡単でご紹介いただけますか?
金野:春日台センターセンターは神奈川県愛川町に建てられた施設で、地域共生文化拠点と呼んでいます。1960年代後半につくられた住宅団地の商店街の一角に「春日台センター」というスーパーマーケットがあったのですが、その跡地を利用して、高齢者のお住いや高齢者、障がいのある子どものデイサービス、障がいのある方が働く場所、地域の方が色々な活動に使えるような場所など、さまざまな用途を組み合わせた複合施設としてつくられたものになります。地域に馴染みがある社会福祉法人の方々が運営をしていて、コロッケ屋さんなどが外注で入ってくるのではなく、自分たちがケアもしながらコロッケを揚げたり、ケアをしながらコインランドリーや洗濯代行のサービスを障害のある方々と組み立てるといったような、新しい文化を福祉をベースにつくっていく場所です。
原田:複数の機能を持った建築ということですが、最初からそのように計画してつくったわけではなかったんですよね。
金野:そうなんですよ。住宅街の中にあった商店街はよくある2階建ての木造の長屋だったのですが、ほとんどシャッターが下りていて、10軒あったら開いているのは1、2軒くらいという場所でした。その場所の一部を訪問介護の事業所としてリノベーションしたいということで最初に現場に連れて行っていただいたのですが、「春日台センター」の店長さんが「もうしんどいからやめるわ」と言い出して、その話を聞いてから4ヶ月くらいであっという間にクローズしてしまったんです。ある程度大きなスーパーだったのですが、ガラスが割られて危ないという理由から板が貼られて防犯カメラがつけられて、ボール遊び禁止など色々貼られ出すと、子どもたちも一気にいなくなったりして。シャッターを一軒開けて訪問介護の事業所を開いたところで、この地域を支えることができるのだろうかという疑問が事業主さんにも出てきて、一度プロジェクトを白紙にすることになったんです。ここで20年、30年と暮らしを続けていくためにいま何をすべきなのかということを話したいということで、寄り合いをしようということになったんです。最初はまさかこんな複合施設ができるとは私も全然思っていなくて、建築あるかな?ないかな? 一回白紙になったなという状態でスタートした感じでしたね。
原田:特に公共建築などでは、建築を建てる前に市民のワークショップをすることが手法としては当たり前になっていますが、どちらかと言うと市民を巻き込んだという免罪符にしているような状況があるという話を聞くこともあります。春日台センターセンターは、そういうものとはそもそものスタートがだいぶ違ったのですね。
金野:そうですね。私たちは公共の仕事もやっているのでよくわかるのですが、ワークショップや市民との対話、あるいは広めていく活動というのが業務として組み込まれているんですね。それに対してこの時はプロジェクト自体がどうなるかもわからなかったけど、ここで見なかったことにしてはいけないんじゃないかというのが、事業主の方もそうですし、私自身にもありました。
実は私の実家がある相模原は愛川町の隣町でもあって、何か他人事じゃないというか、これを見過ごしたら私はこれからどういうスタンスで建築をやっていくのだろうかということがずっしりきてしまって。とにかく何かがあるところまでは見届けていこうという覚悟ができて、とりあえず寄り合いという形で集まるようになりました。この時点では建築をつくるということも言えないというか、むしろ決まっていなかったので、そういうことは皆さんには言わずに、どんなところがこの街の魅力なのかとか、そういう話から始めていきました。
↓こちらからポッドキャスト本編をお聴きいただけます
▼Apple Podcast
▼Spotify
↓続きもテキストで読む
プロセスの中で見出される役割
金野:集まってくださった方は小学生から80代のおじいちゃんまで本当に色々な方がいて、町誌にも載っていないような話がどんどん出てきたりして、この会自体にかなり意味があるのではないかと感じるようになって、私たちも途中から新聞をつくり始めたんです。「あいかわ暮らすラボ」という名前で活動をしていたのですが、毎回その場で起きたことをタイピングして帰りまでに印刷して皆様に配るおみやげ新聞みたいなものを「あいラボ通信」としてつくるようになったんです。とにかく出来事をアーカイブしていこうということを始めました。
原田:その時点で地域の人たちは、新聞をつくってくれているこの女性は誰なのかということはわかっていたのですか?
金野:そうそう(笑)。毎回来てくださっている方々はわかっていたのですが、途中からきた人の中には多分わかっていない方もいました。会の最後に「実はこんなことで関わり続けちゃってます」みたいな自己紹介をしたりして(笑)。みんなが少しずつ役割を見つけていったり、発言したことに対して真剣に耳を傾けてくれたりする場だったので、他人事じゃなくなっていくというか、そういうプロセスの中で私もこれを取らなければもったいないものがどんどんこぼれ落ちていくような気がしたんです。そうしたことを続けていくうちに、「あの人毎回いるね」みたいな感じで地元民ではないけど認めていってもらった感じでしたね。
原田:金野さん自身もプロセスの中で役割を自ら見つけていったのですね。
金野:そうですね。そういうことって不思議だなといまでも思うのですが、「◯◯をみんなでやりましょう」「◯◯が必要だから来てください」みたいな会ではなくて、何となく向いてる方向は街の将来を考えるというところで一緒なんですけれど、それぞれちょっとずつ目的は違って、私はこれを話したいとか、とにかく人と話せる時間が欲しいという人がいたり。強制ではないので毎回来る人ばかりではないのですが、なんとなく役割を見つけるとやっぱり参加したくなるとか、もう一度この前の話の続きをちゃんと聞きたいという感じになったり、緩いんだけど強い紐帯みたいなものができていきました。
山田:大きい枠では切実な課題があって、要は戦後開発や世代の交代などがある中でプログラムの更新が上手くいかなくなってしまい、それを変えていかなきゃいけないという切実な問題もあるんだけど、やはり寄り合いとなるとコミュニケーションの楽しさみたいなものも生まれてきたりしますよね。
金野:そうですね。最初の2、3回はきっかけづくりとして、「街を考えるって何から始めたらいいんでしょうね?」という話を事業主の方や私がしていたのですが、だんだん「ちょっと話していいですか」という人が出てくるんですね。この住宅団地は60年代にできた工業地帯の中につくられたものだったのですが、第2世代の働き手に海外の方が凄く増えていて、その子どもたちが言葉の問題で不登校になってしまったりしている事実もほとんどの人が知らなかったですし、そういう人たちを支える寺子屋をやっているおばあちゃんなども見つかってきたりして。「私も実はしゃべりたいことがあります」という人がどんどん出てきて、「じゃあ次はあなたね」という具合に、農業の人が出てきたり、資源を巡るアドベンチャーレースをしている人が出てきたり。この街にはこんなにも色んなプレイヤーがいて、色んな資源があるんだという、地元にいる人たちも知らなかったことがどんどん出てくる感じでしたね。
原田:そういう色々なものがテーブルの上に上げられていくまでには凄く時間がかかりますよね。例えば、「ワークショップをこの日にやります」と言って、その場で地域の人たちから課題を聞くような場とは違う何かが立ち現れてくるところがありそうですね。
金野:そうですね。なんとなく2ヶ月に1回くらいはやるよねという共通認識のもと、ちょっとずつ慣れてきたし、「あれ言っていなかったけど言っても良いのかも」という人が出てきて、寄り合いが終わった後も井戸端会議が続いてなかなかみんな解散しなかったり、次はこういうことをしたいということが出てきたり。それは多分最初から「こういう建物をつくるからアイデアを下さい」と言っても出てこなかったものだと思います。関係性があるからこそ言えたこととか、出てきたことがあるのかなと。
課題が生まれる場に居合わせる
山田:関係性がないとなかなか自発的には出てこないし、自発的に出てこないと結局与えられたプログラムになってしまう。特に近年、全然タイプは違いますが、都内の商業施設などは最初に箱をつくってからそこにプログラムを埋めていくことになるので、なかなかプロジェクトが立ち上がらない。でも、ここはそういう意味でプログラムがそのまま建築になっているような感じですよね。
金野:ニーズという意味でいうともう無限に出てきて、これは事業者さんと冷静に判断しないといけないというのはありました(笑)。時には建築としてそれをつくるのではなく、例えば森が荒れているみたいな話が出た時はメンバーが集まってこの日は森の普請に行こうとか、活動によって解消できることがあることも見えてきました。一方で、外国人の子どもたちの寺子屋をやっている人たちは活動場所の問題があったり、あまり周知ができてないから仲間が少なくてこのままでは次の世代が続かないということがあったりする中で、場があることで活動を支えたり、勇気づけたり、あるいは仲間をネットワークでつないでいくことができるとしたら、本当にここでやるべきはこれとこれとこれだよねということを、時間をかける中で精査していけたというのはありましたね。
原田:建築もそうですし、他のデザインの仕事というのも基本的には依頼があって、乱暴に言うと「この課題を解決するための答えをください」といった関係性が多いと思うんですね。それに対して、春日台センターセンターの建築をつくる前の活動というのは、いわゆる大文字の社会課題もたくさんあったとは思うのですが、そういうものを解決してくださいということではなくて、地域の人たちの等身大の課題が抽出されるプロセスがあった。そして、そこに建築設計なり、デザインをする人がいるというのは実は凄く大事なことですよね。
金野:そうなんですよね。条件が揃っていて、こういうプログラムをいつまでにいくらでやってくださいと言われるのと、誰がどういうシチュエーションでこれを言ったのかということがわかる現場に居合わせるのでは全然感覚が違って。ただ床が何平米あればいいということではなくて、この人たちが本当に必要としている場は、周りからどういう風に見える場所で、使っていく上でどういう関係性を空間やその周りにつくっていくべきなのかみたいなことまで、活動の中にたくさんヒントがあったと思いますね。
原田:地域の人たちもその段階から関わっていることで、建物や空間への関わり方が変わってきますよね。
金野:全然違うんですよね。最初に仰って頂いたように、この「あいラボ」の活動を3年くらいやってからようやく基本設計に入ったのですが、実施設計の途中でコロナ禍になってしまって。その前までは「あいラボ」を続けていたのですが、そこで1回活動が途切れてしまいました。途中からはオンラインで再開したのですが。でも、その前の3、4年があったので、オープンして2週間ぐらいで凄く人が集まる場所になって。みんながオープンを待ち望んでいたというか、「こうやって使いたい」という人たちがすぐに来てくれたんですね。「あいラボ」の活動を通して「わんぱく子ども現場見学会」みたいなこともやっていたので、子どもたちも何か新しい場所ができるということを知っていて、「絶対来る!」みたいなことを言ってくれたりとか(笑)。
だから、「はい、箱できました。誰がどう使ってくれますか?」みたいなことではなく、「ちゃんと期日通りにオープンしないと、みんな待ってる待ってる!」という感じで(笑)。そういう期待が途中からひしひしと感じられたので、オープンが全然心配ではなかったです。施設には、寺子屋と呼んでいるスペースがあって、そこは実際に寺子屋をやっていたりもするのですが、他にもヨガとかちょっとしたパーティとか研修とか色々なことに使っていただいたり、子どもたちも放課後の居場所としてすぐに使ってくれるようになりました。子どもが一番早いんですよね。大人は、子どもが勝手に入っちゃったけどあそこは何?と陰から見ているのですが(笑)、子どもたちはバッと駆けて行って場所を見つけていくんですよね。中には、「あいラボ」に参加してくれていた子どももいたと思いますし、「何かできるんだ」「使って良いんだ」と楽しみにしてくれていた子もいて、オープンしてすぐに賑わいができた感じでしたね。
多様な営みがモザイク状に交わる場
山田:こういう建築は、プログラムが複合的なのでレイヤーになりがちじゃないですか。でも、ここはモザイク状に色々な人の営みが混じり合っているというか。1000年、2000年続いている街、古い都市などは比較的そういうことになっていますが、ここまで複合的にモザイク型にお年寄りから子どもまでが入り混じり合って活動がされる場所というのは、設計でできるものなのかなと。
金野:普通に考えると、これだけ複雑な機能があったらなるべくシンプルな箱を建てて管理しやすいようにすると思うのですが、「あいラボ」の活動を通して、みんなの暮らし方とか町で大切してるものが見えてきた時に、道と建物の関係とか、商店街が持つアーケードの雰囲気とか、色んな要素がちょうど交差点として絡み合うような場所をどう設計できるかとずっと考えていたので、モザイク状と表現していただけたのはとても嬉しいですね。やっぱり「箱」ではなくて、色々な場所が重なり合ってできる「街」みたいなものを何となくイメージしていました。一緒に横に並んでそのプロセスを感じていたお施主さんも、施設が簡潔で安くて合理的にできていれば良いということではなくて、街の人とどうコミュニケートする施設になるのかということに重きを置いてくださっていたので、結果的にこういう建物ができたというのはあると思いますね。
原田:建築家として、金野さんがこのプロジェクトで学んだことや気づいたことはどんなところにありますか?
金野:枠組みから一緒に施主とつくることの面白さがありましたし、私たちが面白いとかやりやすいということだけではなくて、施主だったり施設を使っていく人たちにとっての納得感というのがこれまでのプロジェクトとは数段違う感じがして、それはみんなで一緒に歩一歩考えながら前に進んでこれたという確信があったからだと思います。建築的に重要な決定事項を施主に委ねたりしたのですが、私たちができればこっちがいいと思っていたものを選んでくださったりして。決して管理の面では良いかどうかはわからないということも含めて、長いビジョンで考えた時はきっとこっちの方が良いよねという考え方を一緒に育てていくことも、ものをつくっていく上で重要なプロセスだと感じましたね。
原田:これまで「デザインの手前」に出てくれたデザイナーの方たちに共通する姿勢は、決まったゴールに向けて逆算してものをつくるのではなく、ゴールが見えない中でプロセスをどれだけ共有をしていくのかという点で、これはこれからのデザインを考える上で重要な気がします。
特に建築は多くの方が関わるものですし、建築もデザインのひとつの領域と考えると、ゴールが見えないプロセスに対して色々な人たちの対話や出会いの場をつくり、その場をファシリテートしながらゴールに一緒に向かっていくというデザイナーの役割がこれから大事になるのではないかと思いますね。
枠組みづくりから協働するプロジェクト
原田:春日台センターセンターは多くの賞も受賞されて影響力も大きかったと思うのですが、最近はこういう仕事が増えているそうですね。
金野:そうですね。私たちも春日台センターセンターでこういうやり方があるということを学んだこともあって、ケアの仕事も含めて一言では言い切れないプロジェクトのご相談をしてくださる方が増えてきています。その時にまだ見えていないなら、何をやるべきかを一緒に考えるところにもう少し時間を取りましょうということを私たちも積極的に提案をして、町の調査をしたり、色んなところを視察に行って議論をするとか、そういうことを含めて時間を延ばして考えるような提案をするようになっていますし、それを求められている方が圧倒的に増えています。
現在進めているプロジェクトの8割くらいは、建築設計に入る前の建築計画や基本構想など枠組みづくりから始めていて、そうすると長くなっていくんですよね(笑)。最低でも3年とか、長いものでは6、7年かかるのですが、そのくらい先を見据えて議論をしているので、一つひとつに納得感があるし、みんなで前に進んでいるので変なことでどんでん返しになるようなこともないんですよね。多少難しい局面があっても、「一番大切なことはこれだから、ここは大事にしていこう」とか、切り捨てて良い部分とやっぱりやらなきゃダメだよねという部分とか、そういうところも含めて一緒に納得して進んでいくことがいまは面白いと感じています。
原田:それこそ建築設計の「手前」から一緒に並走していく仕事が増えているというのは、そういうことが求められているということだと思いますが、それはなぜだと思いますか?
金野:私たちがそういう形で引き受けているプロジェクトの多くは郊外か地方なんですよね。これまでの成長志向で組み立ててきた施設計画やプログラムづくりではこの先立ち行かなくなるということが何となくみんな見えていて、冷静に自分たちに必要な規模はどのくらいで、何をしていくことが本質的なのかということをまずは議論したいという方がやっぱり増えていて、都心部よりもその周縁あるいは地方にそういう強い意識を持っている方が多いんですね。それだけ切実な状況にあるということだと思うのですが、そういう相談をしてくださる方が増えているというのは事実だと思います。
原田:今日は、建築設計の「手前」の活動の話をお聞きしましたが、もちろん建築というのは「手前」だけをすればいいわけではなく、その先も付き合っていくものです。よく「街に建築を開く」という言葉を聞きますが、本当に街に開いていくためにはそれこそ「手前」も大事だし、その後も大事ですよね。春日台センターセンターはまさに本当の意味で街に開かれている空間だと思いますが、例えば金野さんの仕事場にも街に開くための色々な仕掛けがあったりしますよね。次回は、暮らしや仕事、活動を育んでいくような空間づくり、あるいは「空間をアクティベートする」というテーマでお話を聞いていければと思います。今日はありがとうございました。
金野:ありがとうございました。
最後までお読み頂きありがとうございました。
「デザインの手前」は、Apple Podcast、Spotifyをはじめ各種プラットフォームで配信中。ぜひ番組の登録をお願いします。
Apple Podcast
https://apple.co/3U5Eexi
Spotify
https://spoti.fi/3TB3lpW
各種SNSでも情報を発信しています。こちらもぜひフォローをお願いします。
Instagram
https://www.instagram.com/design_no_temae/
X
https://twitter.com/design_no_temae
note
https://note.com/design_no_temae