少し先の未来を想像し、デザインの起点となる場をつくる | 中村圭佑さん × 柳原照弘さん 〈2/4〉
「デザインの手前」は、デザインに関わる編集者2人がさまざまなクリエイターをお招きし、デザインの本質的な価値や可能性についてお話しするトークプログラム。ニュースレターでは、最新エピソードの内容をテキスト化してお届けしています。DAIKEI MILLS代表の中村圭佑さんと、デザイナーの柳原照弘さんをお迎えする2回目では、柳原さんのデザインの活動や、神戸とアルルに展開するVAGUEについて伺いました。
デザインをする状況をデザインする
原田:設計事務所・DAIKEI MILLS代表の中村圭佑さん、国内外でプロダクトや空間のデザインを手がける柳原照弘さんを迎えるシリーズ、2回目となります。前回は中村さんの活動にフォーカスして、DAIKEI MILLSの仕事や、並行して展開しているSKWAT、そして東京・亀有のSKACについてお話を伺ってきました。今日は、柳原さんのデザイン活動と、前回プロフィールでもご紹介したアルルと神戸にあるVAGUEというスペース、そしてその両者の関係などを色々聞いていきたいと思っています。柳原さん、よろしくお願いします。
柳原:よろしくお願いします。
山田:よろしくお願いします。
原田:プロフィールでもご紹介したように、柳原さんはプロダクトや空間のデザインを手がけていて、国際的なネットワークを持ち、海外のプロジェクトも色々されていますよね。また、有田のブランドのようにブランド全体をディレクションする仕事も多い印象があります。そもそも柳原さんは、どんなことに興味を持ってデザインをされていて、それが現在の活動にどのようにつながっているのか。そのあたりから聞かせていただければと思います。
柳原:前回の中村さんの話を面白いなと思って聞きながら、自分との共通点や違うところは何かなと思って聞いていたのですが、やっぱり僕はデザインそのものに凄く興味があるんです。最終的には、自分がアウトプットするもの自体に本質的な関心があって、そのためにどういうものを組み立てていくか、どう状況をつくっていくのかというところを、どちらかというと仕方なくやっているのが自分なのかなと。
中村さんはアートが原点にあって、社会をつくるためのメディアを自分で選んだ印象がありますが、僕の場合はデザインをするためにメディアをつくったというのが正しいのかなとお話を聞きながら思っていました。
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山田:僕は2004年に最初に取材をしているので、もう22年になりますが、昔からいまおっしゃったような軸は変わらないものの、当時には全く想像しなかった場所にいるなと思います(笑)。
柳原:自分も20年経って、こういうことをしているとはあまり想像していなかったです。それも中村さんの話につながる部分があると思いますが、自分としては身の丈に合った状況というか、いまできることの少し先にあるものを自分でつくって、その状況を設計していくというプロセスを20年続けた結果、いまみたいな形になったという感じなんです。
原点としては、原田さんや山田さんにも来てもらい、10年くらい前に始めた大阪のデザインイベント「DESIGNEAST」があるのですが、そのスローガンというかコンセプトが「デザインする状況をデザインする」だったんですね。その思想的な部分は、最初からずっとつながっているのかなと思っています。状況がないところに、自分が状況を生み出すという意味では、大阪や神戸というのは「ない」という点で恵まれているんです。やっぱり東京は情報も集まっていて人にも恵まれていて、プロジェクトはしやすい一方で、「デザインする状況をデザインする」という意味では、自分のやりたいことをなかなか純粋にできない。自分は、ない場所でどう生み出すかということをしてきたのですが、そういう意味でも中村さんの活動は、あえて隙間を探してやるというところが凄く新しいなと。
原田:なるほど。東京における隙間と、関西における、そもそも状況がないところから始めるということは対照的かもしれないですね。それこそいまはDESIGNEASTのおかげでだいぶ変わってきた部分もあると思いますが。
柳原:そうです。そこからのスタートですね。
「一枚の皿」の周辺を想像する
原田:柳原さん自身は、デザイン自体をやりたいという話ですが、そこでいう柳原さんにとってのデザインとはどういうものなのでしょうか。食も含めた暮らしとデザインの距離が近いところが、柳原さんのベースなのかなという気がしています。
柳原:ごはんが好きということもあるのですが、やっぱり食がある豊かな暮らしの空間というのが、自分の原点として凄く好きなんですね。そのきっかけは、「個」の中にある美しさに惹かれたことにあると思います。20代の頃、そういう暮らしを実践しているデザイナー、たとえばインゲヤード・ローマンやアルヴァ・アアルトのような、モノをデザインしている人たちに凄く惹かれたというのが自分の原点でもあります。
北欧で美しいデザインをしている人たちは、本当にもれなく美しい暮らしをしているんです。インゲヤードのアトリエに行った時も、何者でもない日本人の若者だった僕を、キャンドルを灯してもてなしてくれて、中に案内してくれて、その仕事をしている空間が凄く美しいんです。美しいものに囲まれた生活があって、そこから生まれてくるドローイングも美しいですし、やっぱりモノも美しい。自分もそういうライフスタイルの中で、自分が関わるもの、美しいものをつくることを考えていきたいと思った原点でした。単なるモノだけではなく、見えないものも含めてデザインしていくことの重要性を強く感じた体験で、それがいまも続いているという感じですね。
原田:目に見える形と、時間や歴史のようなある種目に見えないものや空気的なものも含めたデザインというものを意識されている気がします。そういうものまで含めてデザインをするというのはどうやってするのですか?
柳原:たとえば、インテリアをデザインする時でも、目に見えているドローイングや3D、パース、模型などでは設計しないんですね。それこそ、空間におけるVOIDですよね。見えていないところこそが空間だと思っているので、人が空間におけるVOIDに立つ時に、そこの空気が豊かなのか、循環するのかということを常に意識しています。設計の手法としては、完全に頭の中でのシミュレーションなんです。頭の中で空間を立ち上げて、その中を自分が動きながら何が見えてくるか、どういう空気が流れるかを考えながら動線を設計する。素材もその中から体験する感覚で、左官にしたりタイルにしたりということを選んでいるので、見た目であまり選んでいないんです。

山田:柳原さんはどうやってデザインしているんだろうというところが、一般的なデザインメソッドではないように多分外からは見えている。柳原さんというフィルターを通さないと絶対に出てこないもので、そのフィルターが言ってしまえばミステリアスなんだろうと思うんです。
つくっているデザインも凄く考えられているけれど、どの時代のものかよくわからないんですね。たとえば、つくるお皿は非常にシンプルだし、職人の技術が引用されていることもあれば、もっとコンテンポラリーにエッジを取っているものもある。でもそれは、ヨーロッパの歴史の中の器の文脈にちゃんと則っていたりするので、いつのものなのかよくわからなかったりする。そこには、柳原さんの中にあるストックだったり、ご自身の経験の中からしか出てこないものをやっているんだと思います。ずっと考えていて、ずっとものを見ているけれど、広い意味でのデザイン教育で教えてもらえるデザインメソッドとはかなり違う。だから同業の人からすると、「あれはどうやって考えているんだろう」と感じるし、デザインのメソッドを知っていれば知っているほど、柳原さんのやり方はむしろよくわからないんじゃないかなという気が僕はしています。
原田:それができるのが、柳原さんのセンスと言ってしまっていいのか…。
中村:絶対そうですよ。
原田:インプットもそれだけ多いということなのですか?
柳原:インプットは多いですが、みんな「インプットしなきゃ」と思って美術館に行ったりするじゃないですか。僕は全然そうではないんです。どちらかというと、街の中で外のカフェに座ってコーヒーを飲んでいるとか、ただ歩くとか、そういうことで得ている情報の方が多い。それらがいつの間にか自分の中で整理されているんです。だから、自分から何かをインプットしているという意識は全くないですね。
原田:逆に言うと、日常の生活からデザインのイメージを常に頭の中でしている感じなのですか?
柳原:それはありますね。もう寝ている時からあるかもしれないです。たとえば、有田焼の1616 / arita japanは、お話をいただいて、10カ月後のミラノサローネで136 SKU の商品を全部デザインしてローンチしたのですが、最初に百田(憲由)社長と打ち合わせした時点で、ほぼおおよそのデザインは頭の中に浮かびながらミーティングしていました。
ミラノでこの場所でこういう形で見せると、将来的にはこういうふうに広がる。たとえば、いま話している山田さんの家のようなところで、こういう皿を使ってくれる人たちがいるということを頭の中で瞬時に想像しながら、「じゃあそれにはこれぐらいの予算がかかりますよね」という話をする。工程を整理するというよりも、一旦頭の中で全部想像して、それが正しいかどうかはわからないけれど、とりあえずそこに向かって進んでいくというのがプロジェクトの進み方ですね。
原田:有田のプロジェクトもそうですが、自分の中でイメージを広げていく時に、1枚の皿や1つの空間として考えるだけではなく、それがブランドとしてどうあるべきか、そこに誰が関わるべきかといった、形だけではないところまでかなり立体的に考えている気がしています。
柳原:そうですね。1枚の皿の中でも、何が乗せられて使われるのかまでは考えると思いますが、それだけではなくて、それがどこで使われて、どういう流通を経て、誰がつくって、どこの街が将来的に幸せになるかというところまで勝手に想像するんです。そうすると、そこで誰かが損をする、損しないということもわかるじゃないですか。だからそこでデザインする意味が生まれたり、逆にデザインしないほうがいいという選択肢も出てきたりするんです。
山田:1616のお皿は本当にヨーロッパでもよく見ますし、日本でも色んな飲食店で使われていますよね。この時代において、「これは誰のデザインだ」とか「こういうブランドだ」ということが重視されるじゃないですか。でも、柳原さんにとってそれがいいことかどうかは別として、本当にみんな誰がデザインしたのかということをほとんど意識せずに使っていて、それが凄いと思います。
原田:ある種理想の姿かもしれないですね。
柳原:デザイナーの名前が出ないけど、みんながそれを選択して使ってくれているというのは、アルヴァ・アアルトやインゲヤードにも共通するところで、そういう意味で自分が理想としている形になったのかなと思います。
山田:アノニマスに普遍的に届くということは現代ではなかなか難しいことですよね。それができているということは、柳原さんがずっとおっしゃっているデザインする状況をつくることが実現できているということなんだと思います。

場を通じてヴィジョンを共有する
原田:「デザインする状況をつくる」ということのひとつとして、ご自身の場や空間があると思いますが、VAGUEというのは実は柳原さんにとって初めての場所ではないんですよね。ご自身のスタジオを持ちつつ、場を開いていくようなことは実は結構前からされているんですよね。
柳原:そうですね。大阪の時も、最初に一人で独立してまだ全く仕事がないのに、30坪で公園が見える場所を借りたんですよ。
山田:靭公園の。
柳原:はい。その当時本当に何もなかったですけど。
山田:全然まだ流行ってなかったですよね。
柳原:そうですね。でも、そこで公園や緑を見ながら自分がデザインできることを想像したら、無理してでも借りるべきだと思ったんです。少し先の未来を想像した時に、やっぱりここしかないなと思って借りました。そういう空間には、想像できる余地があるんですよ。広くて管理も大変なのですが、想像できる余地があることが自分にとっては大事なんです。だんだんその余地を広げていった結果、神戸のような広さになったという感じですかね(笑)。
原田:ゲストハウスみたいなのをやっていた時期もありませんでしたか?
柳原:昔京都にいた時のスタジオが一軒家だったこともあって、海外や東京から知り合いのデザイン関係者が京都に来る目的として、ここに滞在してもらえるともっとつながりができるなということで、オープンなゲストハウスというより本当にクローズドな形でやっていましたね。
山田:活動に変化があって面白いですね。
原田:大阪の時もギャラリースペースみたいな場所がありませんでしたっけ?
柳原:スタジオの半分をホワイトキューブにして、そこでギャラリーとしても使えるし、トークショーもできるというような場はつくっていましたね。
山田:それは靭公園の後ですよね。そこから京都行って⋯。
柳原:結構移ろいが激しいですね(笑)。
山田:その後また大阪に戻ってきて。
柳原:そうです。情緒不安定ですね(笑)。
山田:おいしいうどん屋があるところでしたよね。
柳原:そうですね。
山田:そこもうどん屋さんを呼び込んだんですよね。
柳原:テーブルのある場所としては全体の30パーセントくらいで、残りは何も置いていないVOIDでした。
原田:他の人が関われる余地みたいなものが、自分の活動の場に欲しいというのが一貫してあるのですか?
柳原:他の人が関わる余地というより、自分がクリエイションにおける自由度を持てる余地と言った方が正しいかもしれないです。
原田:もうちょっと詳しく聞かせてください。
柳原:誰かと何かをやろうという意識よりも、自分がこういう考え方をしている中で、自分の手の届く範囲で表現したいというのがあるんです。場を自分で広げているイメージがあって、コミュニティをつくるといった意識で大きい場所をつくっているわけではないんですね。
原田:なるほど。
柳原:自分の理想としている空間を自分自身でつくって、それを見てもらえる。それは、自分自身のクリエーションにもなりますし、そこを体験してもらうことで将来的につながる人たちともビジョンを共有できます。それは、「デザインする状況をデザインする」ということと、空間を自分自身で運営することは凄くつながっていると思います。
コロナ禍に生まれたVAGUEの構想
原田:いまはアルルと神戸にVAGUEがありますが、先にできたのはアルルですよね。
柳原:はい。
原田:なぜアルルだったんでしょうか?
中村:それは僕も凄く気になっていました(笑)。
柳原:コロナの時に、いつも以上に頭の中での想像力が広がりすぎてしまったんです(笑)。コロナの前から、オンラインよりもちゃんと目と目を合わせてコミュニケーションをとって仕事したいと考えるクライアントに恵まれていて、ヨーロッパのクライアントでも、飛行機で移動してちゃんと話して、食事を一緒にして、相手が考えているビジョンを共有して一緒にものづくりをしていたんですね。ところがコロナになって、それが物理的に遮断されたじゃないですか。みんなその時に場所から離れていきましたよね。
原田:オフィスはなくてもいいと。
柳原:オフィスはなくて、家でやればいいと。
中村:たしかに。もはや懐かしい感覚すらありますね。
柳原:自分はそういう場を設計してきた立場なのに、コロナという世界的な問題が起きて、空間から離れていく側に自分も回ってしまったら意味がないと思ったんです。空間そのものはやっぱりなくならないし、場所から生まれてくるコミュニケーションは凄く重要だと思っていたので、みんなが離れていくところで、自分は逆に場所を借りて、自分で運営したいなと思って逆走したという感じですね。
その時にまた頭の中で想像していたのですが、フランス人の女性スタッフがいたので場所を探しているという話をしていたんです。将来的にクライアントとのコミュニケーションができる場として、ロンドンやコペンハーゲン、ミラノなども候補に考えていたのですが、その彼女が「いや、いまは絶対アルルでしょう」と。当時はコロナで止まっていましたが、LUMAというミュージアムがあって、マヤ・ホフマンという資産を持った人が、アルルの土地や建物を購入して、経済のための開発ではなく、文化のための開発を行っていると。LUMAはフランク・ゲーリーが設計していて、そこにいろんなアーティストを招聘し、リサーチをしたり、ワークショップをしたりしながら、都市をアーティストと一緒につくっていた。さらにレストランやミュージアム、パン屋もある。スケールは違うけれど、僕の理想にピッタリだと彼女が言うので、「じゃあアルルがいいかな」と。一度も行ったことがなかったのですが、彼女の言葉を信じることにしたら、1週間後に「ここ空いてるよ」と不動産の情報があって、オンラインで決めました。
原田:行かずに決めたんですね。
柳原:そうですね。しばらくは彼女がベースを組み立ててくれて、コロナ明けに実際に僕が行くと、いろんなアーティストが集まる拠点として動き出し始めていたタイミングでした。そこには、シカゴで都市の黒人居住区をアーティストとして開発しているシアスター・ゲイツが関わっていたり、ロンドンで市民と一緒に都市をつくっていく建築家集団でターナー賞を受賞したアセンブルが来ていたりしていました。彼らの活動は中村さんとも共通する部分がありますが、そういう人たちが自然に導かれてアルルに来ていた。それは凄く良かったなと思います。きっかけは、本当に想像の中で組み立てた場所だったんですよね。

山田:そういう話を聞くとアルルというのは納得なのですが、普通に聞いたらなぜ? と思いますよね。それは神戸も同じで、なぜ神戸だったのかと。
柳原:そうですよね。アルルも神戸も、数字を叩いて考えると「やめておいたほうがいい」と絶対になる場所なんですよね。でも、自分の頭の中で想像した時に、神戸は凄く可能性がある場所で、それは街歩きというところよりも、建物自体が凄く美しかったんですよ。この中で自分がこういうことをやれたらいいなと想像した時に、やっぱりここは借りるべきだと。神戸にもともと何かがあったわけではなくて、想像した時に凄くポテンシャルを感じたので、少し先の未来を考えて投資したという感じですね。
原田:これまでの場の遍歴を語っていただいた中で、VAGUEはそれまでとちょっと違うところもあったのでしょうか。最初から人が来ることを前提にしていたのか、それまでの場の考え方と少し違ったのか、それともあまり違わないのか、そのあたりはどうですか?
柳原:そこはあまり考えていなくて、広かったのですが、できるなら全部自分のアトリエにしたかったというのが正直なところです。
原田:なるほど。神戸は特にその建物ありきだったんですね。
柳原:そうですね。朝起きて自分がクリエーションする時に、この場所で仕事をしたいと思えることがまず一番大事なんです。そのシェルターとしての空間は凄く意識しています。それに最も特化していたのが京都でした。山の森の中にある一軒家で、誰も来なくてもいいと思えるようなところでした。
山田:行くのが相当大変な場所でしたよね。東京からふらっと行けるような場所では全然なかったですよね。
柳原:ただ、デザインをするということはやっぱりコミュニケーションでもあるので、特別なコミュニケーションや関わりを持ちたいというところで、ゲストが泊まれる場所にしたりして広がっていきました。最初からゲストハウスにしようと思って選んだわけではなくて、本当にその場所のコンテクストありきですね。
原田:基本的にはずっと自分がデザインしたい環境から考えていて、ハードとしてその場所を捉えた時にそれだけでは賄えない、広すぎるという時に別の機能が入ってくる感じなのですか?
柳原:広すぎる時に「どうしよう」というよりは、「これはこういう可能性があるな」とシミュレーションするんです。たとえば、レストランができるともっと広がるな、とか。
原田:なるほど。やりたいことありきで場所を探すわけではないと。
柳原:空間からやりたいことを組み立てていくという言い方が正しいかもしれないです。

原田:2つのVAGUEの存在は、ご自身のデザイン活動にどんな形でフィードバックがありますか?
柳原:自分たちは特定のジャンルの「◯◯デザイン事務所」ではなく、もっと広い意味でのデザイン事務所なんです。プロダクトだけをデザインする場合もあるし、インテリアだけの場合もあるし、全体を担う場合もある。そういう中で、自分自身の活動を言葉で説明するのは凄く難しいんですよ。
でも、この場所ができてから、「全貌はよくわからないけど、なんとなく考えていることはわかる」という人たちが来てくれるようになりました。自分にとってはショーケースになっているという意識があります。VAGUE ができてからは、ポートフォリオやプレゼン資料をつくる時間はいらなくなりましたね。
山田:向こうから来てくれるようになったというのも大きいですよね。
柳原:来てくれるようになりましたね。海外のクライアントも、神戸にいる自分たちのことはウェブメディアでしか知ってもらえてなかったのですが、アルルに行って体験してくれたり、神戸にも目がけて来てくれたりする。また、自分自身が2つの文化を繋げながら活動しているという意味では、2拠点があるということも凄く重要だと思っています。
原田:中村圭佑さんと柳原照弘さんをゲストにお迎えするシリーズ2回目は、柳原さんの活動にフォーカスして、デザインの背景にある考え方や、VAGUEというご自身で運営しているスペースの話、さらにそこに至る場の遍歴についても伺ってきました。
3回目となる次回は、また中村さんにも戻ってきていただいて、これまでのおふたりの話を受けて、デザイナーの場がどんな価値をつくっているのかというところを深掘りしていきたいと思っています。柳原さん、今日はありがとうございました。
山田:ありがとうございました。
柳原:ありがとうございました。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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