ものづくりに作用する、自由で生き生きとした言葉たち | 日本デザインセンター・三澤 遥さん 〈2/4〉
「デザインの手前」は、デザインに関わる編集者2人が、さまざまなクリエイターをお招きし、デザインの本質的な価値や可能性についてお話しするトークプログラム。ニュースレターでは、最新エピソードの内容をテキスト化してお届けしています。日本デザインセンターの三澤遥さんをお迎えするシリーズ2回目では、三澤さんのプロジェクトにおける「言葉」にフォーカスし、言葉とデザインの関係性について掘り下げました。
プロジェクトにおける「言葉」の存在
原田:今週も日本デザインセンターの三澤遥さんをお迎えしてお届けします。第1回は、三澤さんの研究開発的なデザインアプローチについて伺いましたが、第2回はプロジェクトにおける「言葉」の存在に着目してみたいと思います。
三澤さんのプロジェクトは、ネーミングが面白いものが多いなと個人的に思っています。ご自身の展覧会のタイトル『続々』や『Just by|だけ しか たった』、作品名の『ものうちぎわ』、家具ブランドの『HIHI DADA』、前回も少しお話しした大丸松坂屋の『百様図』もVIとしてはユニークなネーミングだと思います。また、1回目で山田さんが話されていた21_21 DESIGN SIGHTでの展覧会『Material, or』で三澤さんはグラフィックを担当されて、作品もつくられていましたが、展示のコピーライティングというのが印象的だった記憶があります。
山田:そこは僕も当事者だったのですが、最初に展覧会をつくる時に三澤さんからコピーライティングの提案があった時、「この人は何を言っているんだろう?」と(笑)。
原田:珍しいアプローチですよね。
山田:僕がキャプションや会場のご挨拶など、皆さんがベースを書かれたものを直したり、手を加えていく仕事をしたのですが、「え?コピーライティング」と思って、最初はよく分からなかったんです。ただ、展覧会の狙いとして、即物的なマテリアルの展覧会にしたくなくて、いかに観る人の想像力を働かせるかという点にありました。その時にモノと素直にピュアに向き合ってもらうための動機付けが必要で、僕も会場構成の前日にようやくその意図を理解ができました。
三澤:そうだったんですね。それはいま知る真実です(笑)。
↓こちらからポッドキャスト本編をお聴きいただけます
▼Spotify
▼Apple Podcast
https://apple.co/4rzlPpM
↓続きもテキストで読む
山田:会場では、モノのすぐ横にキャプションを置かず、あえて少し離れた場所に配置されていました。まずモノを見て、次に少し離れた言葉を読むことで初めて内容が理解できる。すると、最初に感じたインパクトやインプレッションが想像力と共にさらに深まっていくんです。だから、展覧会としては結果的に大成功だったと思います。コピーを担当されたのは日本デザインセンターの磯目健さんですが、彼はキャプションから言葉を抽出するのではなく、全く別の角度から驚きやワクワクを提示してくれました。三澤さんは磯目さんとよくご一緒されていて、今日はその秘密を解き明かしていく感じになるのかなと。

原田:過去の収録を思い返してみると、以前ゲストにお越しいただいた建築家の長坂常さんも言葉がユニークな方で、『半建築』というご自身の書籍のタイトルもそうですし、「抜き差しなる関係」とか色々なオリジナリティある言葉をつくられているんですよね。印象として、ご自身のプロジェクトで他にないものをつくられている方こそ、言葉を大事にされているような気がしていて、三澤さんもそういう感じはあると思っています。今日は、三澤さんのプロジェクトにおける言葉の位置づけが実際どういうものなのか、色々聞いていきたいなと思っております。
先ほど磯目健さんのお名前が出ましたが、コピーライターの方で三澤さんとも協働が多いですよね。グラフィックデザインの世界、特に広告ではアートディレクターとコピーライターがコンビを組んで色々な作品をつくってきた歴史があると思います。ただ、だいぶ時代も変わってきていますし、また少し違うデザインと言葉の関係もある気がしています。三澤さんにとって、デザインやプロジェクトを進める上での言葉が、どういう位置づけなのかというところから聞かせていただけますか?
三澤:三澤デザイン研究室が発足して初めて来たお仕事が、上野動物園の『真夏の夜の動物園』という、夜の動物園に入れるイベントの告知物だったのですが、そこで初めて磯目さんと組んだんですね。磯目さんとは原デザイン研究所時代も一緒で、同じ日に部屋を出たんですよ。それぞれ違う部署に行ったのですが、原デザイン研究所時代は挨拶以外でほとんど話したことがなくて。磯目さんは無印良品の広告などで原さんとお仕事をされていて、私は展覧会が多かったので、磯目さんと話す機会がほとんどなかったし、コピーなど言語を扱う仕事がほとんどなかったんですね。部屋を出てから初めて広告をつくるにあたって、仲の良い友人に「誰と組んだらいいかな」という話をした時に紹介してもらったのが磯目さんでした。ちなみに、磯目さんは「バンビ」と呼ばれていて、「震えるように繊細」「生まれたての小鹿」のようなイメージだったんです(笑)。その友人から「バンビさんがいいんじゃない?」という話があって、最初は「バンビって誰?」と思ったのですが、同じ日に一緒に部屋を出た磯目さんだったんです。
磯目さんとお仕事をしたことはなかったのでどうなるかなというところから始まりました。その広告ではハシビロコウという信じられないほど巨大な鳥の写真を使っているのですが、その鳥を上野に見に行った時に凄く衝撃を受けたんです。動かないので彫刻かと思ったら生き物だったという鳥でした。いまは人気が出ていますけど、当時はファンはいても一般的には知られていない存在で、私もビックリしました。その生き物の写真を横浪修さんというカメラマンさんが撮ってくださって、そのビジュアルにつけるコピーとして磯目さんが『おしずかに』というコピーを一緒に考えてくれたんです。凄く迫力のある巨大なハシビロコウの写真の横に、読めるか読めないかという凄く小さい字で『おしずかに』と入っているのですが、「どういう風に入れるか」「どれくらいのサイズで喋っているんだろう」「どんな声をしているんだろう」ということをイメージしながらつくっていった初めてのコピーライターとの仕事でした。
そこで意気投合するというか、水を得て泳げるようになった感覚があって、仕事をしていて楽しい、気持ち良いという感覚があったんです。
それから10年以上、ことあるごとに磯目さんには相談をしていて、全然公開されていないものも含めて、なんでも「どうぞ」と言ってくださるので、本当にちょっとしたことでも言葉を含めてその周辺も話しています。言葉のところだけを彼に伝えて言葉が出てくるわけではなくて、デザインで何をやっているのかを理解してもらって、そこから言葉を一緒に考えてもらったり、結構キャッチボールがあるんです。

生き生きと自由に遊ぶ言葉
山田:以前にライトパブリシティにいらした国井美果さんとお仕事でご一緒したことがありますが、彼女も非常に端的な言葉で本質をすくい取る方でした。短い言葉なのに情景が広がるというのは自分にはできない領域の仕事だと本当に尊敬しているのですが、磯目さんにはユーモアがありますよね。
三澤:そうですね。また違う上野動物園の仕事で、ゴリラがたくさん見られるエリアのコピーを依頼した際、磯目さんは『ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ』と書いてきたんです(笑)。それが採用されたのですが、深夜にその案を見て一人で吹き出しました(笑)。磯目さん自身は寡黙な方なのですが、やり取りしていると提案の後半に笑えるものがいくつか散りばめられているんです。それによって頭の固まりが噛み砕かれておおらかな気持ちになり、創作の力が良い具合に抜けていくんです。力まずにいける感覚が自分と凄く合っているなと感じます。
山田:21_21 DESIGN SIGHTでの展示でも、作品として出されている出展者の方も多かったので、「このコピーで大丈夫かな?」と思うような表現が結構喜ばれていましたね。擬態語のような言葉で端的に表現されていて、「それって何だろう?」「たしかにその音っぽいな」と惹きつけられるんですよね。
また、麻布台ヒルズのクリスマスの展示も『Shall We Cha Cha Cha?』というタイトルだったのですが、三澤さんにインタビューをした時に「道行く外国の方が音読しているんですよ」とおっしゃっていたんですよね。
三澤:音楽をつけて、「Shall We Cha Cha Cha?」とリズミカルに言っていました。
山田:可愛いエピソードだなと思っていたのですが、その取材が終わって帰る時にエスカレーターですれ違った外国の方が、「Oh, Shall We Cha Cha Cha?」と言っていて、「あ、本当だ!」と(笑)。きっと言葉に出したくなる何かがあって。

三澤:そうですね。言葉にリズムや音楽、音程があるということは、磯目さんとも話したことがあります。読み心地が良いんですよね。国立科学博物館のプロジェクトの時に、『ぐるにょろつん』というコピーがあったのですが、それも子どもたちがもう見た瞬間から「ぐるにょろつん、ぐるにょろつん」と言っていましたね。自分もそういうところを凄く意識して言葉を一緒に考えていくので、お互いの目指す方向に共通点があるかなと思います。
山田:身体感覚を持てる言葉というのは凄いですよね。僕たちは客観的なテキストを書くのが役割なので、そうした生き生きとした言葉は羨ましいというか、自分たちとは全く別の仕事だなと思います。
原田:体験をつくり出す言葉という側面もありますよね。第1回で三澤さんは、「わからないからつくる」という話をされていた時に、そこには言葉も何もいらないということをおっしゃっていました。そこから磯目さんとの出会いを経て、言葉の持つ力や可能性をどう感じるようになりましたか? デザインにおける言葉への向き合い方に何か変化はあったのでしょうか?
三澤:そうですね。上野動物園で5年間ご一緒してきたので、自分の中で吸収した部分がたくさんあります。その後、竹尾の見本帖本店で行った『現象体』という紙とデジタル加工の展覧会でも磯目さんとご一緒していて、私が書いた言葉をさらに柔らかくしてもらうということをしていただきました。『Material, or』などは源流を遡るとおそらく『現象体』にたどり着くと思います。また、『WHO ARE WE』でも展示の引き出しに付いたタグが、単なる「答え」でも「問い」でもない、もう一度見たくなる言葉になっています。言葉が実は目の前の標本のことを言っていたり、必ずしも何かのために言っているのではなくて、空間の中で自由に言葉が遊んでくれている。生き生きする感じというのを凄く大事につくっているのですが、磯目さんはそれが一緒にできる相方という存在ですね。
言葉はどの段階で生まれるのか?
原田:具体的にどのようなプロセスで言葉が生まれていくのか、もう少し詳しくお聞きしたいです。先ほど、三澤さんがご自身で書いた言葉を磯目さんに渡すこともあるとおっしゃっていましたが、言葉が開発される際はどのような形が多いのでしょうか?
三澤:私には言葉を巧みに書くプロフェッショナルな能力はありませんが、伝えたい言葉は人一倍持っているんですね。それは凄く稚拙な言葉なのですが、そこを結構聞いてもらうことも多いです。本当にやり方は色々で、自分の中で言葉が固まっていれば自分で書きますし、何も分からずふにゃふにゃな状態のところから聞いてもらうこともあります。『HIHI DADA』などは製品が出る直前で、発表する前に名前をつけなければいけないというタイミングで入ってもらいましたが、その段階ではかなり自分が喋れるようにはなっていて、そこで色々お話をする中で名前が出てきました。どのタイミングで磯目さんに入ってもらうかということも言い方は悪いですがデザインのうちというか、それを凄く見極めていて、毎回同じではないですね。

原田:プロジェクトを一言で表すものとして言葉が召喚されるのはイメージしやすいですが、逆に先に言葉が出てきて、それにプロジェクトが引っ張られていくようなケースもあるのでしょうか?
三澤:『Just by』という展示はまだ絵がない状態で、どういうものをつくろうとしているのかということをA3の紙にスケッチで描いて磯目さんにお見せしました。おそらくその段階ではよくわからなかったと思うのですが、磯目さんは「わからない」を言わないタイプというか、分かっていないけれど受け入れてくれるんですよね。「いまは分かっていないんだ」と受け入れて、「そうだよね、つくるの大変だもんね」と思ってくれるタイプ。「わからない」を知っておいてくれる人で、我慢して待ってくれる方なので凄く信頼しています。私がある程度文章を書いて渡すこともあれば、単語だけをお伝えすることもあって、他のデザイナーもそうだと思いますが、かなり色々なやり方をお互いにしていますね。
原田:言葉を受け取る側、例えば展覧会なら来場者、広告であれば消費者、そういった人たちに言葉が作用することは色々あって、先ほどの話にあったようにそれによってある種の体験が促されることもあるのかなと思います。逆に、言葉が世に出る前の段階で、ものをつくるチームに作用することもあるのかなという気がしています。
三澤:ありますね。『WHO ARE WE』や『Material, or』がそうですね。『WHO ARE WE』は、日本語の「私たちは誰なのか」という言葉が凄く大切で、それをずっと反芻していました。哺乳類の展示なのですが、その中でのヒト科の自分たち人間として、どういう立場でつくっていくか。「哺乳類展をつくろう」と思ったら普通の哺乳類展になりますが、すでに『大哺乳類展』という素晴らしい展覧会があるので、同じことをしてはダメで、「私たちは誰なのか」というメッセージをひたすら反芻するというか、お経のように唱え続けることが大切でした。
『Just by』の時も、「Just By」「Just By」と唱えながら、「Just by 三箇条」みたいなものを書いて貼ったりしました。「なんでつくる意味があるの?」というような変なものばかりつくっていたので、「だけ しか たった」という言葉だけでスタッフに伝えるのが凄く難しかったんです。意味性を言えないとみんなのモチベーションが上がらないと思うのですが、『Just by』という言葉があったことで引っ張っていけて、だんだん濾過できる瞬間が訪れたというか。大体グラデーションでものが出来てくることはなくて、あるタイミングで臨界点を超えてバッと変わる瞬間に急に軽くなる。
言葉が最初にあることである程度飛べるようになることもありますし、山田さんが2日前に『Material, or』展のコピーの意味がわかったとおっしゃっていましたが、私もそういうことは凄く多くて、『Just By』の意味を自分自身がわかったのは、オープンする2時間前ぐらいでした(笑)。それまではわからないままつくっていて、「なんで私はこれをやっているんだろう」と思いながら、でもやりたい、つくってみたいんです。よくわからないし、上手くいくかもまったくわからないし、みんなに何も伝わらないかもしれない。でもつくりたいというところでやっていて、その中で言葉を信じ切って反芻していました。

原田:三澤さんもおっしゃっていたように、言葉を生み出すタイミングそのものが、プロセス全体の中でのひとつのデザインになっているのかもしれないですよね。それで言うと、『HIHI DADA』の場合は、最初から言葉が必要だったわけではなかったということですよね。
三澤:『HIHI DADA』は、設計の時は擬人化などは全く考えていなかったのですが、第一試作、第二試作と触れているうちに、だんだん「この椅子かわいい」と愛着が出てきました(笑)。モノではなく「この子」「あの子」という存在に変わっていって、兄弟姉妹くらいに近い存在に思えてきたんです。そして、モノではなくチャーミングな存在になった時に名前の付け方を相談しました。相棒みたいに近くにいてくれる存在で、「家に◯◯がいるよ」と言い合えるような名前というか。でもまさか『HIHI DADA』が来るとは思わなかったのですが、自分が色々出していた不思議で恥ずかしい名前案よりも、「飛騨からHIHI DADAでしょう?」と言われた時に、一発で「これ以外はないな」と思いました。
原田:一見ふざけているようなネーミングですが(笑)、プロダクトの背景を聞くと、たしかにと思わされますよね。
三澤:『HIHI』は真面目なシンメトリーな形をしていて、『DADA』はアシンメトリーなのですが、言葉的にもシンメトリーとアシンメトリーになっていて、造形的にも言葉の意味が通底していて、通じたなと思いました。
山田:家具のキャッチコピーに「素直なHIHIと自由なDADA」とあって、「素直」と「自由」という言葉を家具に使うことはあるけれども、「素直」と「自由」だけで家具を説明するというところにも言語化の強さを感じますよね。長くて説明的な言葉ではなくて、感覚的に共有できる言葉の強さがある。そういうものが三澤さんのプロジェクトには本当に多いなと思います。
原田:言葉には強い力があるからこそ、配置するタイミングが重要ですね。最初にあることで方向を示してくれることもあれば、逆に規定しすぎて自由を奪うこともある。そのプロジェクトにおける言葉の役割を見極め、タイミングを決めることの大切さを改めて感じました。

「つくること」を支える編集的な感性
原田:ビジュアルと言葉の関係をお話しいただきましたが、ビジュアルと言葉で何かを伝えるというのは、実は僕ら編集の仕事にも近いなと思っています。日本デザインセンターで言うと、原(研哉)さんは編集的なアプローチのデザインというのが特徴的だと思っています。言葉よりも引いた視点になりますが、三澤さんも編集的な感覚を結構大事にされている気がしています。
三澤:そうですね。つくることだけをやっているように思われがちなのですが、実はそんなことは全くないと自分では思っています。私をよく知っている人たちは分かっていると思うのですが、実は編集を凄く大事にしていますね。もちろん、原さんの影響も凄く受けていると思いますし、言葉には強さだけではなく、言葉が登場するタイミングによってプロジェクトが全く違う方向に行ってしまう恐怖もある。ある意味、縛り付けられてしまってクリエイティブが濁ることもあれば、純度高く濾過してくれる時もある。タイミングも凄く大事で、例えば磯目さんとは握っているけれど、まだデザイナーには見せないでおくとか、言葉をこっちでずっとキャッチボールしていて、自分の中で少し温めて、みんなに話せるようになってから見せることもあります。そういうところで言葉と編集を意識しています。デザインが本当に凄く精緻につくれる時もあれば、混沌としていて言語化できないぐらい飽和している時もたくさんある。「これは一体何をやっているんだろう」と人生の何割くらい思っているのか分からないくらいですが、でもその中で実は凄く編集をやっています。
原田:三澤さんは「手を動かし続ける人」というイメージが強いのかもしれないですが、その背景でそういうバランス感覚を持っている方だなと感じます。1回目で話した『VISUALIZE 60』という日本デザインセンター60周年の時のプロジェクトでも、三澤さんは「トビラ絵」としてデザインセンターの色々なプロジェクトを一枚の絵で表されていました。これは絵ではあるけれども、凄く編集的でもありますし、ある種言葉的でもあるというか、一枚の絵ですべてを語るということも、三澤さんの編集的な感性があるからこそできるんだなと今日のお話を聴きながら改めて思いました。
三澤遥さんをお迎えするシリーズ第2回は、プロジェクトにおける「言葉」に着目してお話を伺ってきました。次回第3回は、また視点を変えて、「デザインと社会の接点」についてお聞きします。三澤さんが専門にされているデザインの力や美意識といったものを社会に開いていくような活動も一部でされているイメージがあるので、その辺のお話を聞いてみたいなと思っています。今日もありがとうございました。
三澤:ありがとうございました。
山田:ありがとうございました。
最後までお読み頂きありがとうございました。
「デザインの手前」は、Apple Podcast、Spotifyをはじめ各種プラットフォームで配信中。ぜひ番組の登録をお願いします。
Apple Podcast
https://apple.co/3U5Eexi
Spotify
https://bit.ly/3IJDRoZ
お便り投稿フォームを設置しました。番組への意見や要望、感想、相談など何でもお気軽にお寄せください。
https://forms.gle/Mv3sVpgtjgCtpP996
各種SNSでも情報を発信しています。こちらもぜひフォローをお願いします。
Instagram
https://www.instagram.com/design_no_temae/
X
https://twitter.com/design_no_temae
note
https://note.com/design_no_temae

