言葉や数字にできない感覚は再現可能か? | 倉本 仁さん × ヤマハ・川田 学さん〈後編〉 【グッドデザイン賞フォーカスイシュー発行記念イベント】
「デザインの手前」は、デザインに関わる編集者2人が、さまざまなクリエイターをお招きし、デザインの本質的な価値や可能性についてお話しするトークプログラム。ニュースレターでは、最新エピソードの内容をテキスト化してお届けしています。3月2日に開催されたグッドデザイン賞フォーカス・イシュー発行記念イベントでのプロダクトデザイナー・倉本仁さんとヤマハデザイン研究所・川田学さんのトーク後編を配信します。
美意識をいかにチームで共有するか
倉本:チームで議論している時に、意見のズレが生じることもあると思うんですよ。つくり手一人ひとりの経験や趣味が異なる中で、「ここはこうあるべきだ」という意識がぶつかる場面もありますよね。
川田:最終的なデザイナーの美意識のバランスで多少のズレが生じることはあります。しかしながら、自分の想いが独りよがりなものではなく、「この人をどう楽しませたいか」や「ミュージシャンの言葉をどう解釈したか」という視点に立てば、個人間の問題ではなく、共有された世界観の話になってくると思うんですよね。
ヤマハでは「感性を科学する」というテーマも追求しているんですね。例えば、「良い音」とか「その気にさせる」というと情緒的ですが、高音も低音も伸びが良いという話になると比較的性能に落としやすくなります。「音に艶がある」とか「しっとりしている」という言葉がどんな設計要件になるのかということを技術者の方々は一生懸命翻訳して考えているわけです。最終的に道具を使う方々がクリエイターの場合、そのクリエイターたちが望んでいることを一生懸命理解しようとして、デザイナーがそれをこう解釈しましたということを投げかけてものができている。それはデザインのリーダーと担当者だけで完結する話ではなく、それが本当に求められていることと合致しているのか、自分の意志はどのようにそこに込められているのか、そのバランスが大事なのかなと思います。
倉本:なるほど。組織の中で、そうした情緒をキャッチするセンサーを育てるための取り組みはされていますか?
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川田:倉本さんのコメントにもありましたが、「良いものは見ればわかる」というもの、当事者がそれぞれに「これはいいよね」と腑に落ちるものをつくるために重要なのは、人を説得させるためのデータではなく、体験の共有だと思います。我々は通常の商品開発と並行して、ミラノなど海外の展示会に出て、「我々はいまこんなことを考えています」ということを表明することを行っているのですが、会場の設営や展示の説明もデザイナーがやるようにしているんですね。デザインのリテラシーの高い方々からのリアクションを生身で感じることで、「この工夫は届くんだ」「これは独りよがりだったんだ」ということが実体験として蓄積されていくんじゃないかと思っています。
倉本:提言にも書かせてもらいましたが、社員に文化的体験を積んでもらうサポートを提供することも大切だと思います。やはり良いものを知らなければ、良い体験をしなくては、美味しい料理を食べなくては何が良いものかわからないし、つくれないし、再現できないということがあると思うんですね。同時に、あまり良くないものも体験しないと、何が良いかわからないということもあると思います。平和の尊さを知るために、平和ではない状況を理解しなければならないのと同じで、両極を体験することが組織の感覚値を最大化するのではないかという気がしています。
原田:倉本さんも以前はインハウスデザイナーとして活動されていた時期がありましたが、情緒ということを考える時には川田さんからもお話に出た「美意識」というものが非常に大事だと思います。工業デザインや組織でのものづくりにおいて、組織としての美意識、個人としての美意識というものをそれぞれ考える必要があると思います。インダストリアルデザインの分野やインハウスデザイナーという立場では、個人の美意識を押し殺さざるを得ない状況もあるように想像しますが、個人の美意識と組織の美意識をどのようにつないでいくのが良いのでしょうか?
倉本:最近、若いデザイナーの悩みを聞いてハッとさせられたことがあります。僕は約10年ほど家電メーカーに在籍していたのですが、若い頃に会社の先輩から、「デザイナーの仕事の半分以上はコミュニケーションだ」と言われ、実際にデザイン以外の設計や営業、企画部門など色々な人たちと話をして、デザインがこうあるべき理由ということをひたすら説明して理解してもらうということをしてきました。もちろん意見をもらってデザインを変えることもあるのですが、話をしている時間、説明のための資料をつくっている時間が凄く長いんですよ。ものづくりに没頭したい身としては本当に骨の折れる作業で、贅沢な話ですが、もっとリテラシーの高い人と阿吽の呼吸で仕事をしたいと思ったこともあります。
いまはありがたいことに国内外の色々な企業と仕事をしていますが、本当に美的リテラシーの高い組織もあって、デザイナーを信頼してその力を引き出してくれることもあれば、かたやそこにまったく理解がなく、「使いやすくなる、暮らしが良くなると言うけれどそれにどれだけの経済的効果があるんだ? 数値化してみろ」といった無粋な話になることも多々あります。その若いデザイナーもそこに悩んでいると言っていました。組織の中で説明のための資料づくりに追われ、人と話をしながら少しずつものは良くなっていくけど、でももう疲れたと。そんな話を聞いて、僕自身も組織の中ですり減っていくような感覚はどうしてもあったなということを思い出しました。
お互いが理解し合えている、信頼し合えている状況というのはコミュニケーションの中でしか生まれなくて、歩み寄らないといけないところも本当にたくさんある。ヤマハのデザインのレベルが高いのは、判断をする企画の人をはじめ、色々な人たちのリテラシーが非常に高いからではないかと思っていたんですよ。
川田:リテラシーの問題なのか、感受性の問題なのかということがあると思います。人がモノを通して得ているのは、「インフォメーション」の他に「インスピレーション」もあると思うんですよね。情報は言葉やロジックで語れますが、インスピレーションというのは受け手の感度に依存するところがある。そこがすぐに伝わる時はありがたいと思いますし、ヤマハはデザイナーの話を面白がって聞いてくれる人に恵まれているところがあるかもしれません。
僕はグッドデザイン賞の審査に企業枠として2回入ったことがありますが、最優秀や金賞が決まるのはあまり時間かからないんですよね。みんなが良いものはスパンと決まる。逆に議論が紛糾するものは、まだまだデザインにパワーがなかったのかもしれない。普段のデザインにも同じようなことがあり、本当に良いものが出てきた時には、「分かった、これでやろう。あとはどうやってつくるかだ」という話になるんですよね。そういう時は、「インフォメーション」ではなく、「インスピレーション」でグッと掴めているんじゃないかと思います。意中の人というのもスペックではなく一目惚れするような感じがあると思いますし、それと同じように本当に良いデザインというのはあまり評価に困らないんじゃないかと思うところがあります。
倉本:本当にその通りだと思います。良いものはスパンと決まりますよね。
川田:金賞はこんなに時間がかからず、スパッと決まるんだなということを実感しました。
豊かなもののあり様を考える
山田:倉本さんに伺いたいのですが、楽器のように心を寄せやすい対象というのは情緒を込めてデザインがしやすいと思いますが、一方で情緒から離れてしまいがちなプロダクトの仕事にも向き合わないといけないこともあると思います。その際はどのように考えればいいのでしょうか?
倉本:最近、ある家電メーカーから依頼があって、「豊かな存在をつくるためにはどうしたらいいのか」というテーマだったんですね。豊かさについて考える時、自分たちがカメラのシャッターを切る対象というものは多分豊かなものなんですよ。世の中にはたくさんモノが溢れていますが、わざわざ撮りはしないですよね。
例えば、家具をデザインして撮影する時に、空間を豊かに見せるために壺や植物は置きますが、テレビは置かないんですね。多分テレビというのは、豊かなオブジェクトではないんだと思うんです。一方で、そこに多くの機能はなくとも壺や道端の石、岩などの存在は豊かなんですよね。ここに人間のルールやからくりがあるんじゃないかということで、それを家電製品にどう取り込めるかという取り組みをしました。モノや体験などデザインの周辺にあることを含めて、豊かなもののあり様とは何なのか。ちょっと考えればわかりますよね。iPhoneの中に残っている写真は、何か良いと感じたものなのかなと思います。
川田:うまく説明できないからこそ良いという側面もありますよね。
倉本:そうなんですよね。そこがややこしいところで、説明できてしまうものはあまり面白くないんですよね。
川田:簡単に説明ができてしまうと、情報として消費されてしまうところがありますよね。いつまでも心のどこかに引っかかり、こちらを刺激してやまないようなものが残っているんじゃないかと思います。たかだか石ころをそこに置くだけでも、そこに何かがあるはずで、それを言葉にしてしまうと失われてしまうものがある気がします。
倉本:言葉にすると失われるものがありますが、僕らの仕事は再現性が求められます。例えば、夕日を見て「綺麗だな」だけで終わっては僕らの仕事はできない。夕日がどういうグラデーションだったのか、明るさや風の温度はどれくらいだったのか。そういうことを感覚から数値に置き換えて、記憶して覚えて、次に依頼が来た時にそれを表現できるように再現性を持たせる。デザイナーというのは、普段からずっとそういうことをやっているんですよね。言葉にはできないですが、なんとか数値化して再現性を持たせようとがんばっている。提言にも書かせてもらったデザインシンキングにも近いところがあって、これは一定の過程を踏めばみんながクリエイティブになれるというものではなく、クリエイティブになるために何が必要なのかを教えてくれるある種のエクササイズのようなもので、そういう点では非常に優れたツールであり、考え方だなと思いますね。
川田:デザインを良くしていくためには、デザインを受け取る側も感性を磨き、高い解像度を持ってモノを見ることが重要です。情緒は言葉にするのがなかなか難しいものですが、それでもなんとか解像度を上げて観察しようと思ってメモをしたりして自分の中に定着させたり残そうとするんですよね。それはあの時の夕日の美しさには敵わないかもしれませんが、その中のある部分をなんとかして定着させて表現したい。そこにあるつくり手の執念や覚悟に人は感動するんじゃないかと思います。
情緒がコード化されたSNS時代のデザイン
山田:今日のお話を伺っていて、情緒的なものにはリスクもあると感じました。SNSが発達した現代では、一見情緒があるように見えても、実体や「うまみ」が伴わないものも少なくありません。精神論みたいになってしまいますが、魂の込もったデザインをどう実現するかをタフに考え続けなければならないのがデザインという仕事なのかなと。情緒はあるようでない「それ風」のものも結構ありますよね。
倉本:それは僕の悩みでもあります。気づけば30分くらいシュッシュッシュッと画面をスクロールしている時がありますよね(笑)。
原田:そこでも川田さんが仰っていた「時間軸」が大事になる気がします。SNS上でアテンション・エコノミー的に「エモさ」を消費させるようなデザインもあって、画面をスクロールしている時に瞬時に反応してしまうような、一見情緒があるように意図的に見せるデザインもあると思います。そうしたものとは違い、長期的に付き合っていく中で旨みが出てくるようなものづくりというものが大事なんだろうなと。
倉本:ついつい気になってしまうようなものをうまいことつくってくるじゃないですか。気づいたら30分くらい持っていかれたり(笑)。
山田:例えば、右肩上がりの手書き文字のようなタイポグラフィなんかも、最初はぬくもりを届けるためのコミュニケーション設計だったと思いますが、いつしか陳腐化していくという非常に難しい時代ですよね。
原田:情緒というものが「コード化」されていると思うんですね。デザインシンキングも近いところがあって、型だけをコピーしようとすると本質が抜けてしまう。そういうところは情緒に関しても気をつけないといけないなと思いました。
山田:おふたりの話を伺っていると、対象への愛や想いこそが重要だと感じます。たとえ自分とは距離のある対象であっても、その想いが不思議と形に出てきてしまうのかなと思いました。
原田:情緒というものが、そもそも言葉で会話をでき得るものではないという前提も凄く大事な気がしています。番組でもよく話すことですが、デザインのすべてが言葉で説明できるものになってはいけないと思っています。昨今、言葉巧みにデザインを語るような状況が増えていて、そこには良い面悪い面両方あると思うのですが、デザインが語り得るものになっていけばいくほど、その語る場に気づいたらデザイナーがいないという状況がある気がしています。デザインが気づいたら賢い人たちが語るものになってしまっている。それは、デザインというものが新しい知を獲得していく上では大事な一方で、言葉にできないことに逡巡しながら考えるという行為がデザイナーにとっての本質かなと思っています。情緒など言語化が難しい領域を安易に言語化しない方がいいというか、言語化できないことで苦しむことこそが大事なんだろうなと思います。
倉本:良いと思います。言葉ですべてを説明できるわけではないという前提に立って対象に向き合うことは凄く良い行為だと思うんですよね。あるいは、わからないものをわからないまま自分の身体の中に入れることはなかなか大事ですよね。
川田:一旦定着させるということは再現性や伝達のためには必要ですが、それで終わりにしないことが大事なのかなと思います。いまのこうしたライブの状態というのは、まさに情報が生まれているところで、声として聴いているものが文字になって再生されて何回再生という話になっていくとだんだんそれは消費されるコンテンツになっていくけれども、物事が難しくなればなるほど、ライブの瞬間が大事になっていくということなんじゃないかなと思います。
山田:僕たちが音声メディアをやっている理由も実はそこにあるのかなと思います。僕たちは普段インタビューをして、それをテキスト化するんですね。テキスト化すると読みやすいし理解もしやすくなりますが、一方で言葉の温度感やスピード、その人の言葉遣い、息遣いなど、複雑な情報が抜け落ちてしまうんです。伝えるという意味では、テキスト化して届けるということは凄く重要ですが、一方で音声で聴いていただくことで伝わるものもある。そこを現代のデバイスを用いて届けられるということが僕たちにとって凄く重要なことです。実は僕たちこそ、そこに向かっていたのかもしれないなと感じました。
原田:お時間が迫ってまいりました。倉本さん、川田さん、ここまでどうもありがとうございました。
倉本:ありがとうございました。
川田:どうもありがとうございました。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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