現代のつくり手は、進化するテクノロジーとどう向き合えばいいのか? | nomena・武井祥平さん 〈3/4〉
「デザインの手前」は、デザインに関わる編集者2人が、さまざまなクリエイターをお招きし、デザインの本質的な価値や可能性についてお話しするトークプログラム。ニュースレターでは、最新エピソードの内容をテキスト化してお届けしています。nomenaの武井祥平さんをお迎えする3回目は、エンジニア集団の代表として、日々進化するテクノロジーとどのように向き合っているのかについて伺いました。
現代のテクノロジーに対する不安感
原田:エンジニア集団・nomenaの代表、武井祥平さんをお迎えするシリーズ、3回目になります。前回は、「受け手それぞれが意味を見出だせるものづくり」というテーマで、もの自体が意思を持って動くような、ポエティックで独特なnomenaのエンジニアリングの背景にある考え方について伺ってきました。
3回目の今回は、エンジニア集団であるnomenaの中心にある「技術そのもの」の話を聞いてみたいなと思っています。昨今の生成AIの影響もあり、テクノロジーとどう付き合っていくのかという問題は、ものづくり界隈全体で皆さん気になっているところだと思います。
どうしてもものづくりやデザインの世界は、テクノロジーの影響がつくるものに直接的に反映されやすいという側面があります。グラフィックの世界だと、Adobeに代表されるツールがありますし、レーザーカッターや3Dプリンターのようなデジタルファブリケーションだったり、CADなどもそうですよね。プロセスそのものやアウトプット自体を変えてしまうようなテクノロジーが、これまで何度も登場してきたと思います。
その中で生成AIは、これまでの変化以上にパラダイムシフトを起こしかねない存在だと思っています。良い面として、ものづくりがより効率的に進められるとか、AIと共創することで新しい創造性が立ち上がるといった話がある一方で、仕事がなくなるんじゃないかみたいな話もあるわけですよね。 多分一般の人たちにも、生成AIに対して怖さも含めて感じている方が多いと思います。技術そのものを考えていく「技術哲学」というジャンルがいま改めて注目されているのも、そういう背景があるのかもしれません。その中で、常に技術と関わりながらものづくりをされているnomenaの武井さんがどんなテクノロジー観を持っているのかというところを聞いてみたいなと思っています。
「テクノロジー」という言葉だけを聞くと、どうしてもいまはデジタル上で何かができるツールみたいな捉え方をされがちかなと思うのですが、nomenaの技術は、実は最新のテクノロジーを駆使しています、といったことがあまり前面に出てこない印象もあります。そのあたりも含めて、武井さんにとっての「技術」とはどんなものなのか、そして、いま進歩し続けているテクノロジーをどのように見ているのかといったあたりから聞かせていただけますか?
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武井:まず、いま僕がこういう仕事である程度評価をしていただいているという状況は、多分にテクノロジーの恩恵を受けているところがあります。特にこの20年くらいのものづくりの背景にあるテクノロジーとして、デジタルファブリケーションというのは凄く大きいトピックだと思っています。ちょうど僕が大学院にいた頃に3Dプリンターが、当時はまだ一般家庭にあるほどではなかったのですが、研究室で使えるようになったり、レーザーカッターで木材やアクリルが切れるようになったり、加工機械が使いやすくなっていくという流れがありました。
ソフトウェアの領域でも、openFrameworksやProcessingなど、それまで一部の熟達したエンジニアじゃないと扱えなかったものが初学者にも比較的覚えやすく、なおかつデザインにもすぐ活かせるような形で出てきました。また、その中間のソフトウェアとハードウェアをつなぐ存在として、Arduinoなどマイコンを制御するようなハードウェアも割と安価でアクセスしやすいものとして登場してきて、 いわゆるメイカームーブメントや、「ものづくりの民主化」と呼ばれるような動きとして20年ぐらい前から起こってきました。僕がnomenaで活動を始めたタイミングというのはまさにその真っ只中だったのかなと思っています。
僕自身は、絵が描けるわけでもないし、彫刻ができるわけでもないので、 何かものをつくる時には、どうしてもデジタルツールを使ってつくることが多かったので、そういう時代背景がなければ、いまこうやってものづくりができていなかっただろうなというのは凄く実感していますね。そういう意味では、テクノロジーは凄くありがたいものだし、自分にとって遠いと思っていた領域であり、憧れでもあったデザインやものづくりの世界で活動できたら凄く楽しいだろうなと思っていたのですが、そういう人間がこういうチャレンジをする後押しを時代がしてくれたのは凄く良かったと思っています。いま話題になっている生成AIも、自分にはできないだろうと思っていたことをできるようにしてくれる助けになるという意味では、これから新しいことを始めようとする人にとって良いツールになり得るんじゃないかなと感じています。
一方で、僕はこういう仕事をしているのに実はあまり電気やコンピューターが好きじゃないんですよね(笑)。好きじゃないと言うと語弊がありますが、あまりエレガントなものだと思っていない。パソコンというのは、使えばだいたい何でもできてしまうものです。いわば自然は無駄がないという感覚の対極にあるのが、コンピューターなんじゃないかなと。何でもできるジェネラルなものを用意しておいて、そこから一部の機能を使って色々賄おうとする感じが、あまりエレガントじゃないと感じてしまうんです(笑)。
最初に僕が「こういうものをつくれたらいいな」と思って取り組んだもののひとつに、東京大学大学院の修了研究として制作した 「MorPhys」というロボットがあります。
武井:これはピラミッドのような形をした構造体で、立体形状の辺の長さが変わる仕組みを持っていて、形を変えられるロボットなのですが、辺の長さを変える仕組みとして巻き尺を使ったんですね。市販の巻き尺を買ってきて、それを分解して、自分のつくりたいものに適合するように改変しました。そういうありふれた日常的なものである巻き尺を使って、まだ人類が見たことのないようなものをつくれたらいいなという感覚が当時あったのだと思います。
「最新のテクノロジーを使って新しいことをやりました」というのは結構レッドオーシャンだなというイメージがあって(笑)。 むしろ、ずっと当たり前に身の周りに存在していたものが、実は全然違う使い方ができたということとか、 その視点はなかったという発見の方が、僕の中での好奇心の大きなポイントになっています。最新のテクノロジーをがんがん使いたいという思いはあまりなくて、むしろ枯れた技術を使って新しいことができるという方が、自分の中では鮮やかなことだなと思っていますね。
原田: テクノロジーで空間に関与していくという話で言うと、2000年代以降だとライゾマティクスやチームラボ、バスキュールのようなデジタルテクノロジーを使って空間を演出していくチームが一気に注目を集めましたよね。nomenaは全く違うアプローチで、テクノロジーによって空間をつくっていくという形を取られていますよね。 BLUE OCEAN DOMEの話もありましたが、水などの自然物そのものが持っている現象の面白さ、これは2回目の話にもつながると思うのですが、そういったものを技術を使って顕在化させていくというアプローチが一貫していると感じます。
武井:そうですね。nomenaの中でも、できるだけ電気を使わないとか、エネルギーを上手く無駄なく循環させているような作品をつくりたいという欲求が最近高まってきていています。 BLUE OCEAN DOMEの水のインスタレーションもそうなのですが、この時は最後に流れて集まった水をポンプで上に持ち上げるところでわずかに電気を使っているものの、それ以外は全部重力で落ちていく仕組みになっています。途中で水を一度貯めて、それを一気に放出する部分もあるのですが、そこも「ししおどし」の原理を使って、重力のバランスで上手く水が移動するようにしています。
できるだけわずかなエネルギーでまとまりをつくる、調和をつくるということをやりたいなと思っています。電気がなくても動いてくれるというのは、エネルギーのマネジメントをかなり緻密にやらないと実現できないのですが、そういうところにこれからの人間にとって大事な意識があるんじゃないかということを感じたりしています。 気づいていなかったけど、実は足元に凄く面白いものがすでにあったんだということに気づけることが心の救いになるようなところがあるなと個人的には思っています。
どうしても人間の欲求は果てしないので、ずっと物足りないし、より強い刺激を求めてどんどんエスカレートしていくような感覚があるのですが、 一度立ち止まって、「いや、もうすでに凄く良いものがあるんじゃないか」という感覚を持てるといいなと。どんどんエスカレートしてしまうことへの恐怖感、不安感を個人的には持っているのですが、そこに対するひとつの安らぎの場所として、「すでに良いものはあったよね」みたいな感覚でものを提示できるといいなというのは個人的に思っているところですね。
原田:それは現代を生きる人たちの感覚にも近いと思います。生成AIも然りですが、よく言われるようにテクノロジーがブラックボックス化していくことで、何が行われているのかわからないという怖さが、いまどんどん広がっていると思うんです。そういう意味で、nomenaのテクノロジーの使い方というのは、そこに対してすごく批評的な目線があるというか、結果的に凄く批評的に機能しているなと感じます。もう少し広い意味で技術的な知恵みたいなものをどう使うのかというところが、nomenaの真髄なのかなという気がしますね。
武井:嬉しいですね。

技術に左右される人間の思考
原田:そういう意味で武井さんは、機械式時計のような受け継がれてきた技術を、継承して未来につないでいくような意識もあるのでしょうか?
武井:継承するというほど大それたことではないと思いますが、千年前に考えられたものが凄く洗練されていて、いまでも全然輝きを失っていないようなものを自分たちで発見すると、それをいまの時代にローカライズというか、リバイバルするようなことはできないのかなと考えたりはしますね。資源の乏しい時代に実用化されていたものはエネルギー効率も高いし、つくるコストも低いし、良いポイントがたくさんあると感じることがよくあります。そういったものを良い形で社会に提示できると、いまの社会に対するひとつの批評にも、提案にもなり得るんじゃないかという感覚はありますね。
山田:3Dプリンターというのは僕たちの世代からすると分かりやすい存在だなと思っています。 僕たちは40代半ばですが、上の世代の人の中には3Dプリンターを使いすぎる若者に対して背中を向ける人もいたりしますが、言ってしまえばただの出力機でしかないんですよね。若い世代になればなるほど、ひとつの道具として結構ドライに使いこなしている感じがあります。その意味では、昔からある木工などとそんなに変わらなかったりもする。新しい技術として変に崇めるよりも、道具として使いこなすという視点の方が大事なのではないかと。
nomenaのアトリエを見ていると、テクノロジーというよりは、2026年の「工作」という感じがします。テクノロジーという言葉を使うとちょっと距離ができてしまうけれど、工作ととらえるとみんな小学生ぐらいの時からやってきたことの延長のような気もします。
武井:そうですね。一方で、心理学を学んでいた影響もあると思うのですが、人間の思考や意思は環境によって決められている部分が凄く多いと思っていて、技術もひとつの環境だと考えています。手仕事の木工しか周りにない環境で育った技術者から出てくる発想と、3Dプリンターやレーザーカッターなどの技術が身近にある環境で育った技術者から出てくる発想では、やっぱりかなり違うものが出てくると思うんですよね。だから質的には、生成AIが当たり前にある環境で生まれてくるアイデアは、以前のものとは異なるものになると思っています。
ただ感覚として、そういう環境に身を置く人が増えていくほど、そうではない環境に身を置く人のアイデアの希少価値が逆に高まってくる可能性もあるんじゃないかと。世の中の趨勢としては生成AIのある環境がマジョリティになっていくはずですし、後戻りはしないと思う一方で、次の時代に「凄く新しい発想だね」と言われるものが、必ずしも生成AIに慣れ親しんだ人から出てくるとも限らないと思っています。むしろ、別の技術や環境に慣れ親しんでいる人から全く新しいアイデアが生まれてくることもあるのかなと。
最近、竹トンボを竹から削り出してつくるということをよくやっているのですが、そういうところから見えてくる世界もたしかにあるなと感じています。生成AIが世の中に与える影響は決定的なものもあるかもしれませんが、それによって過去の技術が陳腐化されることもないと思っています。3Dプリンターがある時代にも手仕事の良さはたしかにあるし、そういう仕事を通してしか生まれてこないアイデアもやっぱりあるんじゃないかなと思いますね。
原田:「テクノロジー」というのは、近代化以降に西洋社会を中心に「効率化」のために生み出されてきたものだと思います。一方で「技術」というものには、言葉や文字、織物なども含まれていて、「テクノロジー」もその中のひとつに過ぎないという認識を持つかどうかで、結構見え方が変わる気がしています。テクノロジーは人間が生み出すものではあるけれど、いま武井さんがお話しされたように、そのテクノロジーによって人間の側がある種つくり変えられていくという側面もありますよね。
最近、デザインの世界でもよく「人はデザインをするけれど、デザインされたものによって人もデザインし返される」という話がよくされますが、これはまさにテクノロジーにも当てはまると思っています。いま自分たちがそういう状況に置かれているということを認識しているかどうかはつくり手として凄く大事なポイントなんじゃないかなと。その認識がないままテクノロジーと向き合うのと、テクノロジーを数ある技術のひとつとして捉えた上で向き合うのとでは、つくるものもつくるスタンスもかなり変わってくるんじゃないかと思います。

技術者としての倫理観
山田:これはよく原田さんと話していることなのですが、「倫理」というのも重要なテーマだと思います。
原田:テクノロジーがいま歯止めを利かない状況にある種暴走し始めているとも捉えられる中で、技術者やつくり手はテクノロジーを使うという時にある種の倫理観を持たないと、その暴走に加担してしまう可能性もあるわけですよね。そういう意味では、つくり手側の倫理というのがテクノロジーと向き合う時に凄く大事なのではないかということは、「デザインの手前」でも話してきているテーマなのですが、その辺りについて武井さんはどう考えていますか?
武井:工学系の学生だと大体みんなあると思うのですが、大学だったり、僕の場合は高専の時に「技術者倫理」という授業がありました。単位があって、割と必修になっていると思いますが、「技術者たるものどういう倫理観を持ってものづくりをせねばならないのか」ということを勉強としてやるんですね。割と昔からそういう倫理観を持ってものづくりをするということに対しては意識的だったと自分でも思っています。
一方で、技術者倫理みたいなところで扱われる話題は、「何をしてはいけないのか」みたいなことが多いんですよね。どういう技術の使い方は良くないか、といった割とネガティブなアプローチでの倫理の語り口が多いんです。でも、いま求められているのは、「何をつくるべきか」とか「何を欲しいと思うべきか」というところだなと思っていて、そこは凄く難しい問いだと感じていますね。
例えばモダニズムの時代は、生産効率が高くて、世界中でクオリティの高いものが利用できるという価値観が倫理的だという意識で発展してきたと思います。それによって、大量生産大量消費というのが起こっていた。それはたしかに物質的な豊かさをもたらしたけれど、そこから次の時代に来ているというのはずいぶん前から言われていることだと思っています。
ではいま、何をつくるべきか。割と新しいものであれば受け入れられるという感覚は昔からあると思うんですよね。何か新しければそれは歓迎すべきものだという風潮が世の中にはあると思うのですが、果たして新しいだけが本当に良いものだと言えるのかということは、最近の問いとして持っています。技術というのはあくまでもツールであり手段なので、技術者として倫理を考えて「何をつくるべきか」と考えることは結構難しいんですね。むしろ、何を世の中にプロデュースしていくべきかというプロデューサー的、デザイナー的な感覚で倫理を考える必要があると最近は思っています。いまの時代に本当に必要とされているものは何なんだろうということをよく考えています。

武井:答えは全然出ていないのですが、自分の中でこういうものだったらつくっても許されるんじゃないかというものは、最近いくつか考えています。例えば、大切な人とあと一日しか一緒に過ごせないという状況になった時に、その人とどういう時間を過ごしたいかを考えると、「こういう服を着ていたいな」「こういう場所に行きたいな」「こういうお店でご飯を食べたい」とか、「そのお店ではこういう音楽が流れてほしい」「食器はこうであってほしい」「椅子はこうであってほしい」というものがあると思うんですね。凄く極限の状態だったとしても、最後の時間みたいな時にこうありたいという願望を人間は強く持っていると思うんです。デザインというのはそういうところに寄り添えるものだという感覚があります。最後の時間に選ばれるようなものであれば、つくる価値があるんじゃないかということを最近は考えています。
とはいえ、それもエゴといえばエゴなので、それが本当に良いのかは分からないのですが。ただ、人間のために必要とされるものづくりというのは、何かそういうところにヒントがありそうだと最近感じていますね。
原田:本当にいまは技術者に限らず、テクノロジーによってものがつくれてしまう時代になっているからこそ、「なぜつくるのか」「何をつくるのか」という問いが、特にプロフェッショナルとしての技術者なりデザイナーに突きつけられている感覚はあるのかもしれないですね。
武井:そうですね。
より良いものをつくるマインドを育む
原田:そういった意識を持てる技術者やエンジニアが世の中に増えていくことも大事なのかなと思いますが、そういう観点から下の世代を育てていくという点についてはどう考えていますか?
武井:「育てる」というのもおこがましい言葉だと正直思いますが(笑)、やはりnomenaの特徴としては、「いいものをつくる」と本気で思っている人たちが集まっていると思うんですね。特に大規模なプロジェクトでは、ウォーターフォール型の開発プロセスが取られて、序盤に予算と仕様を決めて、これを2年後に完成させますというプロセスを踏むことが多い。予算と仕様が決まっていて、その2年間のプロセスの中でまだまだ試行錯誤しなくてはいけないことがあったり、細かいディテールを決めていかなきゃいけないことがあるのですが、予算が決まっていて、がんばってもがんばらなくても売上は一緒という状況になると、なかなかその中でちょっとでも良いものをつくろうとジャンプしようとする人が生まれにくいというのはあると感じています。
nomenaの中ではそのように考えている人は少なくて、ちょっとでも良くなる余地が見つかれば、多少利益が少なくなったとしても、がんばってこれを実現させようと考える人が多いかなと。経営的にはかなり大変なのですが(笑)、いいものをつくるというのが、一番の至上命題としてあるという共通認識があることが大事だと思っています。
武井:「育てる」という意味では、そういう思想を持ったつくり手をもっと増やしていきたいという思いがありますね。大きな企業にいるほど、なかなかそういうことをやりづらいというか、利益を最大化することが求められる局面が多いと思うのですが、その中でもちょっとでも良いものをつくろうというマインドを広げていけたらいいなと強く思いますね。
原田:最後の人材育成の話は、エンジニアのテクニカルな部分というよりは、マインドセットだったり、さらにはエンジニアのカルチャーみたいなものをどう醸成していけるのかということなのかなと思ってお聞きしていました。その辺のお話を、ぜひ最終回でお聞きしたいと思っています。
nomenaは、新しいエンジニア文化をつくっていくチームであり、コミュニティであることを志向しているのではないかと思っているので、最終回はエンジニア集団としてのnomenaが目指しているものについて聞いてみたいなと思っています。武井さん、今日もありがとうございました。
武井:ありがとうございました。
山田:ありがとうございました。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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