地域の価値を高める場は、いかにしてつくられるのか? | SKWAT・中村圭佑さん+岩崎正人さん×二俣公一さん〈1/2〉【デザインの手前×テレンス・コンラン展】
「デザインの手前」は、デザインに関わる編集者2人がさまざまなクリエイターとデザインの本質的な価値や可能性についてお話しするトークプログラム。ニュースレターでは最新エピソードの内容をテキスト化してお届けしています。今回はSKWATの中村圭佑さん、岩崎正人さん、空間・プロダクトデザイナーの二俣公一さんが登壇し、山田泰巨がモデレーターを務めたテレンス・コンラン展のトークイベントの前編をお届けします。
亀有の街に生まれたアートセンター
山田:まず、中村圭佑さんと岩崎正人さんをご紹介します。おふたりは「DAIKEI MILLS」という建築設計事務所を運営されていますが、同時に「SKWAT」というプロジェクトでも活動されています。
「スクワット」という名称は、1970年代のロンドンで都心部から少し離れた場所をアーティストたちが占拠して活動していたスクワッティングに由来しています。スペルは完全に同じではないものの、その精神性を受け継いで名付けられたそうです。今回の展覧会の空間もSKWATの活動の一環として手がけられたものになります。
中村さんたちの取り組みは、いわゆる一般的な設計事務所の業務にとどまらず、より社会的・文化的に踏み込んだ活動をされています。今日はそのあたりも含めて、深くお話を伺っていきたいと思います。
そして、私の隣にいらっしゃるのが二俣公一さんです。福岡を拠点に活動されていて、東京はもちろん、世界的にもご活躍されているデザイナーです。インテリア・空間はもちろん、建築やプロダクトデザインなど、非常に幅広く手がけられています。
今日ご来場の皆さんは福岡の方も多いかと思いますが、最近では警固神社にあるブルーボトルコーヒーなど、福岡にある身近なお店の空間を多く手がけられています。
本日はこの3名の方々とともに「場をどうつくっていくか」というテーマでお話を進めていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

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山田:まずは中村さん、岩崎さんのおふたりに、SKWATの活動についてお話しいただければと思います。ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、最近、東京の亀有という、あの『こち亀』で有名な街に「SKAC(SKWAT KAMEARI ART CENTRE)」という非常に素敵な空間が生まれまして、いまや世界中から人が集まってくる場所となっています。
その空間を手がけられたのが、SKWATです。上に電車が走る高架下の空間で、書店やレコードショップ、カフェ、アートギャラリーなどが一体となった複合的なスペースとなっています。まずはそのあたりから、お話を伺えればと思います。
中村:こんにちは、SKWATの中村です。いまご紹介いただいたように、私たちは亀有に「SKWAT KAMEARI ART CENTRE」というアートセンターをつくりました。
これは、JR常磐線の亀有駅と綾瀬駅のちょうど中間に位置する高架下のスペースを、JRさんと共同で再開発事業として、誰でもふらっと立ち寄れるような、アートに触れられる公共性の高い空間をつくりました。
オープンしたのは昨年11月で4カ月ほど経ちますが、この場所が亀有の街とともに成長していけるような存在になることを目指しています。
また、建物の2階部分には僕たちの設計事務所であるDAIKEI MILLSのオフィスも併設しています。
山田:もともとここは何に使われていた場所なんですか?
中村:もともとは、リース用プリンターの倉庫でした。かなり長い距離にわたって連なる高架下の倉庫スペースで、普段はリースが行われて運ばれる時だけシャッターが開くような場所でした。つまり、ほとんどの時間は閉じたまま、いわば“シャッター街”的な状態が長く続いていたんですね。JRさんとしても別の使い方ができないかと考えられていたようで、このストリートを明るくしたいという思いで計画がされていました。そんな中で、私たちが「こうしたらもっと良くなるんじゃないか」という強い意志を持って提案・交渉を行い、1年ほどのやりとりを経て、こういった形が実現しました。
山田:私は色んな雑誌の仕事をしている関係で、かなり早い段階から何度かお邪魔していたんです。そのたびにご近所の方々が「何ができるの?」という感じで話しかけてくださって、皆さんとてもフレンドリーな雰囲気でしたね。
中村:そうですね。どちらかというと、関西に近いようなノリというか、気さくに話しかけてくださる方が多い印象ですね。
山田:ご年配の方たちが、ふらっと様子を見に来たりして。僕も撮影中に何度も「ここに何ができるの?」って聞かれました。一言では説明しにくいなと思いながら(笑)、色々とお話しさせていただきました。中の構成について、少し説明していただけますか?
中村:ここには、アートブックのディストリビューターである「twelvebooks」、レコードを扱う「VDS(Vinyl Delivery Service)」、そしてカフェ「TAWKS」の3つの業態が入っています。さらに、僕たちDAIKEI MILLSの事務所も併設されています。
このように4つのチームが協業する形で、この場所を構成しています。こちらがtwelvebooksで大きなアートブックのシェルフが特徴的です。
山田:僕は中村さんとは別に、twelvebooksを主催されている濱中(敦史)さんにも取材をしたのですが、これは「書店」というよりも「倉庫」なんですよね。
中村:そうです。
山田:倉庫の中で本を買うこともできると。
中村:はい。場のあり方を考えると、何かを無理に見せる場ではなくて、より自然発生型の状態を開かれていくことを大事にしたいなと。
twelvebooksもVDSも基本的には卸の会社で、ここは物流拠点、つまり倉庫です。そこにバイヤーが買い付けに来て、そこから書店へと運ばれていくというスキームです。集積している膨大な書籍や音楽が、一般の方々ともシェアされていて、「ここでも買えますよ」という建てつけになっています。
山田:私もオープン後に訪れたのですが、アートブックにしてもレコードにしても、かなりマニアックな品揃えで、「こんな尖った場所、どうなるんだろう?」と少し心配した部分もありました。でも、ふたを開けてみたら本当に多様な人たちが訪れていて。いわゆる感度の高い人だけでなく、普段あまりこういうものに触れることのない層も含めて、かなり多くの方が来ていました。外国からの観光客の姿も多く、国際色豊かな印象ですよね。
中村:そうですね。だいたい半分くらいは、海外からいらっしゃっていただいている印象ですね。
山田:どこに何の本があるかも分からない感じで、まさに探検といった雰囲気ですよね。空間の中にあるネオンサインについてもお聞きしていいですか?
中村:「The museum is not enough」と書かれたネオンサインですね。ちょっとドキッとするような否定的な言葉に感じるかもしれませんが、まったくそんなことはなくて。これはカナダ・モントリオールにある建築専門美術館「CCA(Canadian Centre for Architecture)」が掲げているマニフェストから引用したもので、とても共感している言葉です。これは、公共性の高い場所のあり方をもう一度見直してみようというメッセージなんですね。ミュージアムだけでは補えないことがある。だからこそ他の場所で補っていこうというメッセージで、これに共鳴し、CCAとともにネオンサインのアートピースをつくって、これを主題にしてこの場所をやっている感じです。実はこれはSNSでの拡散もある程度意識していて、写真を撮りたくなるような仕掛けでもあるんです。言葉が一人歩きして、より広く届いていくことまでを考えたインスタレーションでもあります。
山田:東京には、これまで本当にこういう空間がなかったですよね。設計事務所がこういった場を自ら切り開いていくというのは、本来的には自分たちの仕事ではないわけじゃないですか。そのモチベーションはどこから来ているのでしょうか?
中村:単純に「自分が行きたいと思う場所」がどんどん減ってきているなという実感がまずあって。あとは、いわゆるジェントリフィケーション的な都市開発がうまく機能していないと感じることが多いんです。特に東京ではその傾向が強くて、それに対するアンチテーゼも含めて、自分たちでやろうと。
山田:高架下に現れた風景としては本当に不思議な場所ですよね。まわりには倉庫や住宅も混在していて。
中村:そうですね。建物自体にはほとんど手を加えていません。倉庫としての構造を活かしながら、一部シャッターだった部分をガラスに変えたり、北と南で分断されていた視界を広げたりして、街とつながりやすくするようなデザインだけを施しています。あくまで既存の建物をそのまま活かしています。
山田:昨日の夜、岩崎さんとお話ししたのですが、ご近所のおばあちゃんたちがふらっとお茶をしに来るような場所にもなっていると伺い、とても素敵だと感じました。こういった場所は、どうしても若い人や感度の高い層が集まりがちですが、地元の方々にもきちんと開かれているというのは、本当に魅力的なポイントだと思います。
そして、ここで多くの方が感じているであろう大きな疑問があります。「なんで建築設計事務所が、こうした場づくりを自ら手がけるのか?」と。SKWATを始めるきっかけやモチベーションについて改めて伺えますか?
中村:設計事務所というのは、基本的にクライアントから依頼を受けて、その要望に応えるかたちで設計するというのが一般的な構造です。DAIKEI MILLSを立ち上げて大体10年近く経つのですが、特にここ数年の社会の変化やスピード感を見ている中で、クライアントワークだけでは自分たちの表現を社会に届けきれないのではないかという思いが強まっていきました。より直接的に社会にコミットしながら自分たちの思想を打ち出していくためには、もう少し違うアプローチが必要だと思うようになりました。ちょうどそのタイミングが、2019年~2020年頃。東京オリンピックが近づいてきて、さらにはコロナ禍も到来して、社会全体が大きく変わる予感がありました。
その流れの中で、自分たちの思想をより強く打ち出すために「SKWAT」という、ある種のパンク精神や強いメッセージ性を持ったプロジェクトをスタートさせました。
場の新たな使い方を提案する
山田:ここから少し過去を振り返っていただきたいのですが、亀有の前に手がけていたのが、東京・青山のSKWATの空間ですね。ここはもともと、レストランか何かだったんでしょうか?
中村:ここは洋服を売っていた小さな商業ビルでした。場所は青山のど真ん中。スペースとしては全体で約800平米ほどありましたが、賃料は非常に高額でした。それに対して、建物自体の価値は少しずつ下がってきていて、なかなか新たなテナントが入らないという状況だったんですね。建物の管理は東急不動産が担当されていたのですが、ちょうど東京オリンピックを迎えるタイミングでもあり、「こんなに大きな施設が青山の中心に空いたままなのはもったいない」と。世界中から人が来るタイミングで賑やかしをつくりたいという話があったので、僕たちが期間限定でこの場所に乗り込んでスクワットして、場の使い方を変容させていこうというプロジェクトが始まったんです。先ほどの亀有と同様に、twelvebooksと協働してアートブックのスペースをつくりました。
山田:最後の方は本当に“本の山”でしたよね。まさに倉庫という感じで。都心のど真ん中、東京の一等地のような場所に、こうした空間があること自体が驚きでした。
周囲にはプラダやコム・デ・ギャルソンなど、つくり込まれた空間が立ち並ぶ中で、この場所だけがいわゆる居抜きの状態、つまりスケルトンの空間として存在していた。棚なんかももともと別のテナントが使っていたものを持ち込まれているんですよね?
中村:そうですね。基本的に全部そういうやり方をしていますね。そこにあったものや、本来なら捨てられてしまうような素材をどう変容させるのかというのがSKWATの命題の一つであるので。施工費もおそらく200万円ちょっとだったと思います。
山田:結局青山にはどのくらいいらしたんですか?
中村:当初は3カ月限定の予定でした。東京オリンピックが終わったら撤収するという話だったのですが、結果的には約3年間活動しました。
コロナ禍でオリンピックが1年延期になり、その1年を埋める役割もありましたし、この空間そのものが好評で、街の雰囲気が変わるほどの影響が出てきたんです。それでもう少し続けてほしいということになり、最終的に3年間運営することになりました。
山田:ここで皆さん実際に働かれていましたよね。
中村:そうですね。
中村:これは地下空間を使って最初に開催したのが「PARK」という名のエキシビションです。フリーWi-Fiを整備して、お菓子なども販売しながら、自由にくつろげる室内公園のような空間をつくりました。
山田:東京はどうしてもすべての空間が有効活用される前提で成り立っていて、経済合理性が重視されがちですよね。そういう中で、ただゆったりと過ごせるような公園のような空間は都心では本当に希少です。そういった場所をあえてビルの中につくっていくSKWATの活動にとても魅力を感じています。
山田:こちらは原宿ですね。いまは建て替えられてしまいましたが、UNITED ARROWSの本店の前にあった空間ですよね?
中村:そうですね。もともとは小さなコインランドリーだった場所です。そこが空いて、ファブリックブランドの「Kvadrat」と一緒に活用する取り組みを行いました。
山田:ここでは、本とファブリックの端切れ、いわゆるサンプルの余りのようなものを販売されていたんですよね。
中村:この時は本は販売しておらず、Kvadratさんの型落ちというか、すでに流通していない過去の生地を唯一のBtoCとして展示・販売しました。
山田:Kvadratは通常はBtoB、つまり一般向けではなく、設計事務所や工務店、ゼネコンなどに卸しているんですよね。それが誰でも手に取って購入できるということも新鮮でした。
山田:こちらはまた別のプロジェクトですね。
中村:はい、これは京都で行った取り組みです。
山田:どのような場所だったのでしょうか?
中村:「古今烏丸」という複合施設の1階にある空間で、広場のように開かれてはいるものの、あまり有効に使われていないという課題がありました。広さは十分にあるのに使い勝手があまり良くなく、人が滞留できなくて活用方法に困っているというご相談をいただいたんです。
山田:場所としては、京都のど真ん中、四条通りと烏丸通りの交差点、四条駅の真上という非常に好立地ですよね。
中村:そうですね。この場所の活用方法を考えた時に、まず目についたのがピアノでした。最近はストリートピアノのような形で、誰でも自由に演奏できるピアノが盛り上がりを見せていますよね。その文脈も踏まえて、誰もが弾けるピアノをこの空間に設置することにしました。
この建物の上にはFM京都が入っていることもあり、何かしら連動できないかと考えたんです。そこで、このピアノに録音機能を設けて、来場者が演奏した楽曲を録音される仕組みをつくりました。
中村:さらに、FM京都と連携して、僕自身がパーソナリティを務めるラジオ番組を3カ月間、週1回放送する企画を実施しました。番組内では、そのピアノで演奏された音源を実際に流しながらトークを展開するような構成にしたんです。
さらに1週間に1度、プロのミュージシャンをサプライズゲストとして招き、予告なくその場で演奏してもらうというイベントも行いました。
山田:パーソナリティを務めるというのは、なかなか建築家がやろうとならないと思うのですが(笑)、そういった活動も自然な流れでやっているのですか?
中村:そうですね。建物単体で表現できることってやっぱり限られていると思うんです。それよりも表現や思想の部分が重要なので、それを表現するには空間以上のことをやらないと、空間自体の表現も曖昧になるという考え方です。
山田:二俣さん、できますか?
二俣:僕はちょっと…。
中村:違うんですよ。「できる」じゃなくて「やる」んですよ(笑)。
山田:これはミラノの駅ですね。
中村:ミラノのドゥオーモ駅です。渋谷のように賑わいのある、とても大きな駅ですね。これは、渋谷区で進められていた建築家が東京のトイレをつくり直す「THE TOKYO TOILET」プロジェクトのスピンオフ企画として実現しました。プロジェクトの発起人であるユニクロの柳井康治さんが、ヨーロッパにおいても日本の公共トイレに対する考え方を提示していきたいという構想を持っていて、僕たちに声をかけてくださったんです。駅そのものをインスタレーションの場として表現して、かつ公共トイレをひとつの空間としてデザインしました。
二俣:僕は当時たまたまドゥオーモの近くに宿を借りていて、偶然立ち寄った時にその空間に出会って、「あれ、もしかして」と思って見に行ったら、まさにこのプロジェクトでした。しっかりトイレも使わせてもらいました(笑)。
山田:ちょうどミラノのデザインウィークの開催時期でしたよね。普段の人口より30万人くらい増えると言われるほどのイベントですし、観光名所であるドゥオーモの真ん中での展示ということもあって、多くの人がこの空間を目にしたと思います。こうした活動は、デザインというよりも「状況」をつくるという感覚に近いのかなと感じました。
中村:そうですね。もともとドゥオーモ駅には公共トイレがひとつしかありませんでした。渋谷駅にトイレが1箇所しかなかったらと想像すると、ぞっとするような状況ですよね。実際、ヨーロッパ全体で見ても、公共トイレのあり方は日本とは大きく違います。汚れていて、誰も使いたがらない、場所もわかりにくい。そういった現状に対して、僕たちは価値転換を起こしたいと考えました。
ただ、きれいなトイレをつくるだけでは、その意識はなかなか変わりません。そこで、写真家の森山大道さんとコラボレーションし、タイルに彼の写真を転写するという方法をとりました。単なる用を足す場所としてだけではなく、ギャラリー的な機能も併せ持った多面的なトイレを目指しました。作品を見に来る場所でもあり、用を足す場所でもある。そんな視点で捉え直すことで、公共トイレの見え方や価値観が少し変わるのではないかと考えたんです。
デザイナーが持つ「場」への責任
山田:続いて、二俣さんのお話に移りたいと思います。
二俣:僕は福岡と東京を拠点に活動していることもあり、地方や都市のあり方を等価に見たいと思うし、そういうテーマに対して、自分ができることを日々考えながら取り組んでいます。
特に「場所性」については、僕たちデザイナーも大きな責任を持っていると感じています。これは、大濠公園の近くにある「Arts & Science」というアパレルブランドのお店に関わった時の話です。

二俣:このブランドの質感や立ち位置を考えた時、天神のど真ん中に構えるよりも、もう少し距離を置いた場所が合うのではということで、大濠公園の近くにある場所に計画することになりました。この辺りに馴染みがある方も多いと思いますが、大濠公園は福岡に住む人にとって特に環境が良いという感覚があると思うんですよね。僕自身、以前この近くに事務所を構えていて、この辺に物件が出てきた時にクライアントとも話してここなんじゃないかとなりました。
施主であるソニアさんから、九州初出店なので地域の人たちになじみがあるものだったり、関連を持ってお店をつくれないかという話がありました。以前に僕は大濠公園の中にあったかつての公団の中に事務所を構えていたこともあったし、福岡市美術館の前にかつてあったカフェで仕事をしたり、いまも事務所が今川ですぐ近くなんです。大濠公園ということを考えた時に僕がまずイメージするのは、前川國男さんの建築です。大濠公園は皆さん色々楽しまれたり、ランニングをしたり、色んなことで使われているのですが、やっぱりその中で象徴的な存在は池と福岡市美術館だなと思うんですね。僕も凄く馴染みがあるので、大濠公園の一つの出入口から50メートルほどしか離れていない場所なので、まさに公園の空気を引き込むようなことができないかと考えました。
二俣:その時に出てきたのが、福岡市美術館の外壁ですね。打ち込みタイルとそうではないタイルが使い分けられているのですが、前川さんたちがやられたテクスチャを踏襲しながら、Arts & Scienceらしさを出せないかと思い、タイルの開発から取り組みました。45度の角度で斜めに貼るなど、福岡市美術館らしい手法を取り入れました。
山田:このタイルは、前川國男という建築家を象徴するような存在ですよね。

二俣:そうですね。後で少し出てくる話なのですが、神奈川県立図書館も前川さんの設計で、そこでもこうしたタイルが印象的に使われています。その図書館にも関わることもあったので、より強く意識するようになりました。これは凄く象徴的なものとして印象が残っているし、街の中でふと目にしたときにも親近感が湧くんじゃないかなと。
山田:打ち込みタイルは、ピタッと貼るような普通のタイルとは施工の仕方も異なりますよね。言葉通り“打ち込む”ようにして施工するんですよね。
二俣:はい。コンクリートを流し込む前に、タイルをあらかじめ入れておくという特殊な施工方法です。

二俣:これは、唐人町の駅前にある築40年ほどのビルで行ったプロジェクトです。もともとは美容学校所有の建物で、ここ10年ほど空き物件のままでしたが、「cassette」というギャラリーが入ることになり、改修を担当しました。この建物は、内部に外光が取り入れられるような特殊なつくりになっていたり、エレベーターのシャフトだけが残っていたりと、もともと非常に複雑な設計でこれまで活用しづらかったようです。僕たちはむしろその複雑さやわかりやすさを逆手に取って、より複雑に使っていく方向でインテリアを構成しました。

二俣:これも近場なのですが、「Écru」というワインバーがあり、長い付き合いのあるオーナーとのプロジェクトとして、1棟丸ごと借り上げた形で構成しました。みんなが立ち寄れる街角をつくるというテーマのもと、1階は立ち飲みスタイルのワインバーとして、2階は食事会などに使える空間を設け、上階も企画に活用できるように設計しています。外壁にはまったく触らず、元の雰囲気を残したまま、内部の機能だけを更新していくというアプローチを取りました。偶然にも、ここ数年で立て続けにいくつかのプロジェクトが近場で展開されていて、それらが点としてつながってエリアができていくプロセスを体験できたことが、設計者としてとても新鮮でした。
山田:先ほど中村さんもおっしゃっていましたが、建築家は基本的には依頼がないと動けない職業ですよね。二俣さんは、日本各地や海外でも空間づくりに関わっていますが、福岡にもしっかりと拠点を置かれている。東京と福岡の2拠点体制を長く続けられていますが、街と向き合いながら空間をつくっていくというのは、お施主さんとの関係性も含めて色々あると思いますが、どうやっていまのような状況がつくれてきたのでしょうか?
二俣:東京と福岡という2拠点だけでなく、いまでは佐賀や大分、あるいは兵庫の城崎温泉など、よりローカルなエリアからもプロジェクトの相談をいただくことが増えてきました。かつては地方に行けば行くほど、スケールが小さくまとまりがちな印象がありました。でもいまはまったく逆で、むしろ都市部よりもビジョンの大きな取り組みが多いと感じています。施主の志がしっかりしているケースが多く、そうなると本当に区別がつかなくなっていく感覚があって。
もともと僕たちは2拠点で活動していたこともあり、地方の仕事も都市の仕事と並行して自然に進めてきました。結果的には、地域による区別がなくなってきて、いまではどの場所でもフラットに、対等な関係で取り組めるようになってきていますし、施主もそれを求めていると最近感じますね。
山田:僕も全国を飛び回って取材していますが、以前は「東京にあるようなものを地元にもつくりたい」ということを考えているオーナーが多かった印象があります。でも最近は、自分たちの中から出てくるものをつくりたいという考え方にシフトしているように思います。地域の人たちとの関係性や、その土地ならではの価値をどう活かすか。そうした視点を持ったお施主さんが増えてきていて、二俣さんや中村さんのようなデザイナーとつながる機会が増えているように感じます。
二俣:本当にそれを実感しますね。

山田:いまご覧いただいているのは、城崎の公園ですよね。
二俣:正確には、兵庫県の日本海側にある豊岡市に位置していて、その中に「城崎温泉」というエリアがあって、そこで「三木屋」さんという老舗旅館の仕事を10年ほど継続して手がけています。
色んなご縁でそのエリアの仕事にも関わるようになり、公共のプロジェクトも増えてきました。
たとえば「玄武洞公園」という天然記念物にも指定されている公園があります。もともとは無料で公開されていたのですが、環境整備の必要性から有料化されることになり、再整備プロジェクトのプロポーザルに参加し、採用されました。

二俣:基本的には場をつくっていく時には、「何を足すか」よりも「何を引くか」を考えるんですね。玄武岩の自然の状況を見てもらうための場所なのに、周辺のつくりものに玄武岩を用いてしまうことや、既製品の樹脂製手すりが視界を邪魔していたり、これまでの要素を全部見直し、必要なものだけをつくる。極力高さを出さず、ランドスケープの床や土間のデザインに集中することで、訪れる人が自然のままの景色をしっかりと体験できる構成にしています。

山田:こちらが先ほど話が出てきた神奈川県立図書館ですね。これは建築やインテリアの設計ではなく、家具のデザインで関わっていらっしゃるんですよね。
二俣:そうですね。先ほど少し触れた打ち込みタイルをつかった前川國男さんが設計した建築は別にあって、それは今後変わっていく予定なのですが、僕たちが関わったのはその横に新設された図書館で、その館内に設置される家具の一部を担当しました。これは1階のラウンジに置かれている椅子です。とにかくリラックスした中で本が読める場所がほしいということでした。プロジェクトを指揮していた幅 允孝さんと松澤 剛さんの意思もあり、リラックスした状態で見れる椅子は何だろうというお題をいただき色々会話をしていったのですが、公共の場所というのはどうしても硬くなりがちなんですよね。
山田:重厚感が求められがちですよね。
二俣:そうですね。だからこそ、いわゆる正攻法でしっかりデザインしなければならない、という雰囲気が生まれてしまいがちです。でも今回は、もう少し自由に発想してみようという話をさせてもらいました。リラックスした様子そのものを、椅子の形で体現できないかと考えたんです。後ろ足を少し伸ばしたようなデザインをイメージして形にしていった椅子ですね。
山田:ありがとうございます。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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