SNSの「手前」にあったフィジカルな伝播の力 | 大原大次郎さん〈4/4〉
「デザインの手前」は、デザインに関わる編集者2人が、さまざまなクリエイターをお招きし、デザインの本質的な価値や可能性についてお話しするトークプログラムです。ニュースレターでは、最新エピソードの内容をテキスト化してお届けしています。今回は、デザイナーとしての大原大次郎さんの原体験になっている「フィジカルな伝播」の話や、生活とデザインの関係などについて語って頂きました。
「誰のために」デザインをするのか?
原田: 大原さんの最終回となる今回は、そもそも「大原大次郎はなぜデザインをするのか?」といった動機の部分を聞いていきたいと思います。前回、特に音楽分野を中心としたデザイン以外の領域の方たちとのコラボレーションについてお話をしていただきましたが、そこでも語られていたように大原さんにとって、「誰のために」デザインをするのかということがひとつの大きな動機になっているのかなと。
大原:おっしゃる通りで、入口が同級生と音楽の話で盛り上がっていた中高生時代にあって、友達がつくり始めた音楽の、当時はカセットテープのラベルや手描きのジャケットから始まって、本当に小さなごっこ遊びみたいなものがインターネットのない時代に伝播していくことを体感できたんですよね。「流通」という言葉が当てはまるような大きな世界ではないのですが、人が「面白いね」と言いながら広がっていくということが教室の片隅から始まって、レコード屋の店員さんの耳に入り、さらに口コミで広がって雑誌の人たちが面白がったりということが原体験としてあって、どこかで誰かが面白がってくれるということを10代のうちに体験できたことが大きかったのかなと。それは「なぜデザインをするのか?」というほど大きな話ではなくて、もう少し小さな喜びなんですけど、それが未だに手応えとしてあって、そこから地続きなのかなと思いますね。
音楽を取り巻く状況は(当時から)大きく変わりましたが、音楽そのものを楽しむ心持ちはあまり変わらないというか。僕は音楽のプロではないので、そこはある意味一生素人として楽しみたいというか、素人余白を残しているというのはあるかなと思うんですけど。
山田:90年代はクラブイベントのフライヤーやミニコミ、フリーペーパーなどのデザインが盛んな時期だと思うのですが、大原さんはそういうことをされていましたか?
大原:やっていましたね。そういうものも自然発生的に起こっていたというか、見様見真似で背伸びをするというよりは、人に何かを伝える上で、紙メディアが思いを伝える、しるすものとしてあったというか。フライヤーとかも集めるのも見るのも好きでした。いまはデジタルに置き換わったのでフライヤーの依頼などは減っているし、SNSの時代になって、YouTubeが出てきて、グラフィックデザインというのは大きく変わったのかなと思っています。
山田:グラフィティなどへの関心というのは?
大原:大学生の頃にDELTAを見るためにオランダに行くくらい好きでした。グラフィティにおける「ボムる」という文化というよりは、アートフォームとして言葉じゃないものを交わし合う暗号めいたやり取りとか、そこから生まれた形が見えないフォルムのやり取りというんですかね、そういう駆け引きみたいなところに興味がありましたね。
原田:グラフィックデザインというのは基本的に伝達の手段として使われますが、大原さんの原体験の話というのは、伝えること自体があまり目的化されていないというか、それこそ半径5m、10mといった狭い界隈で、ある種カルチャーなり言語なりを共有できる人たちとの対話がまずあって、そこから生まれてきた形や音が、先ほどのフィジカルな伝播の話につなげるなら、ある種自然に拡がっていくようなところがあったのかなと思います。
大原:これが世代感の話とかになってしまうともったいないと思っていて。「レコード良いよね」と懐かしむ話ではなく、現役であるということが大事で、「手遊び」と「手探り」を大人が全力でやっている状況がないとやっぱり懐古主義になったり、「あの時代のあの感じ良いよね」というマーケティング的な話になって少し先細りしてしまうと思っていて。
この収録のために川口のsenkiyaさんというカフェをお借りしているんですけど、ここもまさにそういう現役の感じというのがあって、こういう場があることで生かされているんだなと。希望を感じる場所がお店にしても、ライブハウスにしても、レコード屋さんにしてもあって凄くありがたいし、そういうものにグラフィックデザインはまだギリギリ生かされていると思えていて。やっぱり(グラフィックデザインは)単独で成立するものではないのでね。勝ち逃げというか逃げ切りたいわけでもないし、「あの頃はまだ(良かった)ね」といった話ではないと言うか。
原田:おじさんになってくるとそういう話をしがちになってしまいますからね(笑)。
大原:幸いにも、遊んでいるというか手探りしている人たちがまだ身近にいるので、面白いと思えている日々ではあるという。
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「生活」と「デザイン」の関係性
原田:「なぜデザインをするのか」という話に戻すと、生活のためということもひとつあると思います。「食べていく」という意味とは少し違うかもしれないですが、大原さんの中でデザインと生活は割と地続きというか、生活の中のデザインという感覚もあるのかなと思っていて。
大原:それは僕も色々なデザイナーさんに聞いてみたいところではありますね(笑)。経済の話もそうですけど、生活みたいなことにすれば話しやすいのはたしかで。僕はいま川口にいて、いわゆる青山や表参道のど真ん中で働いているデザイナーのイメージとは違う場所でやっているのでわかりやすいと思うんですけど、移住だったり、Iターン/Uターンとはまた違う感じでここに流れ着いたというか、自分の意志以外の部分でたどり着いているところもあって、割とそういうことを面白がるタイプではあるのかなと。引っ越しも多いですし、ステレオタイプなデザイナー像やこだわりというのはあまりないし、デザイン事務所はこうでなくてはいけないといったこともまったくないんですよね。自宅兼事務所で妻と一緒に仕事をしているくらいなので、生活との地続き感は強いのかなと思います。
原田:生活している環境によってデザインするものが変わってきたりもするのですか?
大原:変わってきているタイプかもしれないですね。神奈川の海沿いの街に住んでいた時期があって、そこは写真家の方たちが多かったりするのですが、やっぱり環境の影響は多少出ますよね。線の選び方がおおらかになったり、風通しが良い画面になったりということはあって。仕事によりけりですけど、そういう空気感が入りやすいというのはあります。川口の方だと、senkiyaさんのようなコミュニティ感というんですかね、職人の方たちの影響でものづくりが空間性を帯びたり、手元やPCだけじゃない完結の仕方に広がっていくとか。やはり人や環境からの影響がかなり強い方だとは思いますね。
原田:それが1回目にエピソードでも話に出た生活におけるさまざまな線=ライフラインみたいな話にもつながってくるところなんですね。
ピエール瀧さんからの影響
山田:大きく影響を受けた人というのはいらっしゃいますか?
大原:ピエール瀧さんだったり、星野源くん、角張(渉)さんというレーベルの方などですね。瀧さんは不思議と学生の頃からテレビ番組の密着のカメラを担当したり、番組のテロップをつくったりということをやらせてもらっているので、どちらかというとヒューマンスキルというか(笑)。就職するかどうか悩んでいた時も唯一相談した方なんですけど、助言としては「どこに行ってもいいけど、面白いと思える人のそばでやること、だな」みたい芯を食う言葉を受け継いでいるところがあって。当時の瀧さんはすでに名だたる方たちと組める状態だったと思うんですけど、若手に「お前これやってみろ」と打席に立たせるようなことをさせてくださる方で、なんでこんな名もなきヤツにと不思議だったんですけど、野球チームのようなものを組んで、「打ってみろ」「投げてみろ」という状態をつくってくれたのはとてもありがたかったというか。ある種ファームというかそこで育てられた感があるので凄く感謝していて。しばらくコミュニケーションを取っていなかったのですが、いつか瀧さんに(仕事を)まとめて見てもらえたらと思っていたので、今回書籍の帯を思い切ってお願いしました。
原田:とてもエモい言葉が書かれていましたよね。
山田:いまデザインの領域は細分化されていて、グラフィックであればグラフィックという領域の中での交流はあるけれど、分野が変わると途端に交流がなくなってしまうというのがあります。大原さんは音楽の方々との交流があって、そこに社会性というか視野の広がりみたいなものがあるのかなと思っていますが、音楽以外で関心がある領域などはありますか?
大原:お酒のラベルをやりたくてしようがないんです(笑)。音楽とお酒の仕事というとなんか身も蓋もないような話ですけど(笑)。お酒づくりも機械化されていると思うのですが、人の力に加えて発酵の力みたいなところもあって、共同作業する相手が菌だったりしますよね。細胞だったり菌だったり人の数より多いものと結びついてものづくりをしている人たちは興味があります。(お酒の)ラベルをやりたいということ以上に、酒造りをしている方たちに興味があるというか。ただ、いまのところ直接つながりがあるわけではないので、やっぱり羨望というか、いつかやってみたいというのがありますね。
原田:やっぱりそこでも◯◯をしている「人」というところが大原さんにとって(デザインをする)大きいんですね。
大原:入口は本当に 「お酒美味しいよね」「音楽楽しいよね」というところなんですけどね。
他者にひらいていくデザイン
原田:ミュージシャンの方々とお仕事などを通じて交流することが、ご自身の成長だったり、そこまで大げさじゃなくても触発されるみたいなところがあると思いますが、逆にミュージシャンの人然り、色々な業種の人たちと仕事をする中で、デザインを通して相手を触発していくようなことに手応えを感じていたり、意識していたりはしますか?
大原:ワークショップや大学の講義のようなものには限界があるというか、難しさみたいなものを常々感じていて。年間何十回もできるほど持ち物がないみたいなところがあるんですけど、今回本や展覧会をつくったことで講義やワークショップにはないフィードバックが得られました。展覧会に来てくれた人たちの中に印象的な高校生がいたんです。福島からお母さんと一緒に来ていた男の子で、最初はお母さんの方がこういう理由で来てという話をしてくれていたんですが、僕が中高生に影響を受けたものがこういう作品になっているとか、高校生の頃につくったものも飾ってあるといった話をしている中で、顔を赤らめていた男の子が決意を固めた顔になって、「僕、…デザイナーになります!」と。お母さんも「え?」みたいな顔になって(笑)。何年後かにまたお会いしたいなと。
そういうことはいままでないというか、ただただ見てもらっているだけとも言えるんですけど、入口というか「遊んでいい」「探っていい」という余地をつくれていたとしたら。展覧会はかなり新鮮なものがありました。
原田:以前に取材をさせていただいた時に印象的だったのが、受け手側の感性のつまみを増やしていきたいという話でした。前々回に「癖」の話をしていただきましたが、大原さんは自らが触媒となって、デザイン的な体験を通じて人の感覚を解きほぐしたり、新しい感覚に気づいてもらうということにも意識的な方なのかなという気がしていて。ある種デザインを開いていくような活動をされているのかなと。
大原:本の中では「感覚のつまみ」という言葉にしているんですけど、喜怒哀楽の4チャンネルくらいに思えるけど、本当は「PA卓」と呼ばれるライブハウスにあるような何百個もつまみがあるくらい感情のつまみを実は操作しながら、生っぽい感情の間で生きているというか。そのつまみの数がおそらく増えていくことで機微みたいなものが豊かになっていくのだろうと思っていて。技術的なつまみもそうだし、感受のつまみもそうだし。ワークショップも展覧会も本もそれぞれのつまみみたいなものはをご覧いただく方たちに増やしてもらうことが願いでもあるというか。
山田:歳を重ねるとつまみがまるで減っていくかのように思われがちですが、実際はつまみを増やしている素敵な先輩たちがいると思うんですね。そういう人になりたいというか憧れるし、展覧会の来てくれた高校生の話もそうですけど、何か良い影響とか広がりみたいなものが。先ほどのピエール瀧さんのお話にもつながると思うんですけど、デザインという言葉を超えて生き方として、凄く良いお話をお聞きできました。
全国を行商して本を届ける
原田:最後に、大原さんの今後についてもお聞きしたいと思います。
大原:音楽の方たちをなぞるなら、アルバムを出したらツアーに出るというのがあるので、次はツアーかなと(笑)。おふたりの職業でもありますが、本を出した後の振る舞いを知らないので、「出した後どうするんだっけ?」みたいなことがあって。長く読んでいただけるような形を探りたいなと思っているので、1年くらいかけて書店ごとに小さな展覧会みたいなものをしながら、ツアーを回るのはどうだろうかということも考えているんですけどね。
原田:普段のブックデザインの仕事では、デザインをしたらそこで手が離れますが、ご自身がまとめたものだからこそ、その先にどう付き合っていくのか、並走していくのかというのがありますよね。
山田:コミュニケーションのひとつのあり方としてお仕事を考えていらっしゃる大原さんだから、書店やそれに類する場所で、人と人のコミュニケーションみたいなことを実現させていくツアーでできるといいですね。
原田:最近は本を出した後にいかに届けていくのかというところで、ECなども含めて戦略を考えることがある種当たり前になってきているところがありますが、「フィジカルな伝播」という話で言うと、本は本来相性が良いメディアですよね。ある種の名刺ではないですけど、その場で手渡しをしていけるものとして本というのは力があると思うし、大原さんの本との付き合い方というか、つくったものを届けていくやり方はおそらくそういう形で何かあるんだろうなと。
山田:行商をするというか、いわゆる昔の時代に戻っていくようですが、本はどちらかと言うとそれが良いと思います。その方が受け手にとっても特別なものになる。モノ自体はインターネットで買えるし、簡単に送られてくるものですが、フィジカルな喜びというのが本にはあって、そこがこのフォーマットの魅力なんだろうなと。そういう意味でネガティブなことばかりでは全然ない気がするんですよね。これはポッドキャストなので、どういうタイミングで聴かれるかはわかりませんが、もしかしたら大原さんがあなたの街にやってくることもあるかもしれないですよね(笑)。
原田:ここまで全4回にわたって色々なお話を聞いてきましたが、いかがでしたか?
大原:いやぁ、おふたりにはインタビューを何回か受けたことがありますが、それとは全然違いましたね。会話形式というか、より深くというと変ですけど、雑誌に掲載されたり、編集がテキストで加えられることが前提ではない話し方になるというか。脱線も結構楽にいけるというのがやっぱり良さかなと思ったので、それがおそらく回を重ねるごとに探られていくんだろうなと。自分もポッドキャストをやりましたけど、面白いですよね。それこそ話し方の「癖」とかも凄くわかるというか。
山田:今日お話し頂いた内容は文字にすると色々なことがこぼれ落ちてしまうところがあるので、その辺がうまく伝わるといいなと思います。
原田:今日お話を聞いて、大原さんはメタファーがほぼすべて音楽で、本当にそこがベースになっているんだなと改めて強く感じましたね。
山田:今日は非常に貴重なお話を聞けたと思います。ありがとうございました。
大原:ありがとうございました。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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