祝TDCグランプリ!! 「チマ」と「ジェネ」を行き来する映像作家の流儀 | 橋本 麦さん〈1/2〉【デザインの手前×Web Designing】
「デザインの手前」は、デザインに関わる編集者2人が、さまざまなゲストともにデザインの本質的な価値や可能性についてお話しするトークプログラム。ニュースレターでは、最新エピソードの内容をテキスト化してお届けしています。雑誌「Web Designing」とのコラボ企画4回目は映像作家・橋本麦さんをゲストにお招きし、前編では、TOKYO TDCでグランプリ受賞作を起点に、橋本さんの創作スタイルに迫ります。
祝!! TokyoTDCグランプリ受賞
原田:今日は、雑誌『WebDesigning』との共同企画、4回目になります。前回は、ビジュアルデザインスタジオ「WOW」から、鹿野 護さんと北畠 遼さんのおふたりをゲストにお迎えしました。WOWの映像表現やコミュニケーションの考え方、そして近年、WOWの映像がスクリーンを飛び出して空間やプロジェクト、建築にまで広がっていることについて、映像を通じた「体験のデザイン」というテーマで、前後編の2回にわたってお話を伺いました。
今回は新たなゲストとして、映像作家・ツール開発者の橋本 麦さんをお迎えしています。麦さん、今日はよろしくお願いします。
橋本:よろしくお願いします。
山田:よろしくお願いします。
五十嵐:お願いします。
原田:僕が麦さんにお会いするのは、今回が対面では2回目です。先日、日本グラフィックデザイン協会(JAGDA)による「JAGDAデザイン会議」というイベントがありまして、僕はそこの企画チームに入っていたのですが、テクノロジーをテーマにした回で麦さんにご登壇いただいたんですよね。あの時のテーマはAIでした。その節はありがとうございました。今日は音声なので、またちょっと勝手は変わりますが、改めてよろしくお願いします。
橋本:よろしくお願いします。
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原田:まずは、橋本麦さんのプロフィールをご紹介させていただきます。
橋本麦さんは、映像作家/ツール開発者です。CGIからコマ撮りアニメーション、ミュージックビデオ、インタラクティブ作品まで、幅広いスタイルで個人制作を続けられています。 さまざまな表現手法の実験を積み重ねにより、多様なスタイルを模索し、作品ごとにワークフローやツールから開発、制作されています。
近年は、独自に開発しているデザインプログラミング環境「Glisp」にも取り組んでおられ、 主な仕事には、AdobeやNikeLabのプロモーション制作、group_inou、Koji Nakamura、Olga Bellなどのミュージックビデオ、TVアニメ『すべてがFになる』エンディング映像、AC部『HAPPENING』Webアプリデザインなどがあります。
受賞歴には、第19回文化庁メディア芸術祭新人賞などがあり、 先日「MONO NO AWARE / かむかもしかもにどもかも!(imai remix)」のミュージックビデオにて、TokyoTDC 2025でグランプリを受賞されました。
そんな橋本麦さんとともに、前後編2回にわたってお届けしていきます。前半となる今回は、いまご紹介したTokyoTDCでグランプリを受賞されたミュージックビデオについて作品の背景や考え方を中心に伺っていきたいと思います。そして後半では、「デザインとツール」というテーマを軸にお話をお聞きしていく予定です。
まずはTokyoTDCグランプリの受賞、おめでとうございます!
橋本:ありがとうございます。うれしいです。
原田:前から、TokyoTDCを取りたいというのはあったのですか?
橋本:取りたいというより、そもそも自分はグラフィックデザイナーじゃないという自認しかないので。むしろ、TokyoTDCまわりのシーンのファンだったんですね。TDCの審査員の方々は、いわゆる伝統的なタイプデザインの教育を受けた方ばかりではなくて、もっと広いジャンルからも選んでくださっている傾向があって。それこそ、大西景太さんとか幸 洋子さんみたいに、映像作家やアニメーション作家が受賞することもあるじゃないですか。今回のミュージックビデオをつくった後に、共同制作者であるグラフィックデザイナーの鈴木哲生さんから「出してみたら?」とすすめられて、ノリで出した感じでした。
TDC受賞作制作の舞台裏
原田:どんな作品なのか、改めて麦さんの方から概要をお話しいただけますか?
橋本:この楽曲自体は、MONO NO AWAREという日本の4人組バンドが2019年にリリースした、早口言葉をテーマにした曲です。それをgroup_inouというアーティストのトラックを担当されているimaiさんがリミックスしたバージョンが2024年夏に配信されました。今回のミュージックビデオはそれに合わせて制作したものです。もともとgroup_inouとは長く親交があって、昔からのお友達なので、「バクちゃん、なんかつくってくれない?」ってLINEで相談されました。
原田:過去にもgroup_inouの映像作品、手がけられていますよね。
橋本:はい。たとえば、『EYE』というGoogleストリートビューを使ったミュージックビデオや、お餅を使ったコマ撮りのミュージックビデオ『Fly』などですね。そういうつながりもあってお友達感覚でつくった感じです。
原田:この作品は、歌詞に合わせて文字がどんどんメタモルフォーゼしていくというか、どんどん形を変えていきますよね。これはコマ撮りでつくられているのですか?
橋本: コマ撮りと言ってしまうのも申し訳ないので、「リアル物理レンダリング」と言っています。歌詞が早口言葉なので、その音や意味を拾った文字が矢継ぎ早に表示され、文字がぐにゃっと仮現運動によってアニメーションして見えるような感じです。それを単なるグラフィックとして出すのではなく、ペンプロッターを使って、一枚の紙に重ね書きするような見た目で、実際に撮影して制作しています。
原田:今回、Unicodeがひとつのテーマというか、モチーフになっていると思うのですが、Unicodeというのは、世界中のさまざまな文字をコンピュータ上で表示・処理できるようにするための文字コードの規格ですよね。
山田:普段はあまり意識していなくても、絶対にみんな触れているもので、本当に重要な存在ですよね。
原田:Unicodeに着目されたのは、どういった経緯だったのですか?
橋本:Unicodeって、要は「文字化けを絶対に起こさないようにするにはどうするか?」という発想のもと、「あいうえお表」や「アルファベット表」のような限定的な文字体系ではなくて、世界中のすべての文字体系を包摂する巨大な文字符号化方式をつくってしまおうというものなんですよね。そうした議論が40年くらい前に持ち上がって、策定が進められてきたわけですが、僕自身がもともと一覧とか百科事典みたいなものを読むのが好きだったんです。標識の一覧とか国旗の一覧とか、そういうのを眺めるのが凄く好きで。その延長で、文字の一覧も読みたいとなった時に、まず出てくるのがUnicodeだったんですよね。Unicodeを見ていると、「こんなに複雑なリガチャ(合字)が世の中に存在するんだ」みたいな感じでどんどん面白くなってきて。だからもう、作品としてという以前に、完全に自分の趣味としてそういう文字体系や記号に興味を持っていたというのがまずありました。
原田:もともとUnicodeには、強い関心があったということなんですね。
橋本:そうなんです。あまりに好きすぎて、VJで使ったりしているうちに、気づいたらミュージックビデオになっていた、みたいな感じです。
原田:いまお話に出たように、Unicodeは歴史が結構長くて、いまでは登録されている文字数が15万字以上にもなるそうなんですよね。そして、どの文字を採用するかという話になると、やはり政治的な要素や文化的背景も関わってくる。その歴史そのものが凄く面白いというか、そういうところにも興味があったりしたのですか?
橋本:そうですね。そのあたりは、共同制作者でもある鈴木哲生さんが博学で。たとえば『ユニコード戦記』という本があって、これはジャストシステムという「一太郎」をつくった会社の小林龍生さんが、日本語や漢字の文字体系の策定に関わった経験をもとに書かれたものなんです。それを読んでいると、「文字」なんだけどポストコロニアリズム的な視点があるんですよね。たとえば、情報技術が西洋中心、ラテン語中心に偏ってきた歴史があって、そうした過去に対する真摯な反省みたいなものが凄く感じられるんですよね。「文字は誰のものなのか?」。国に属していない民族やディアスポラ(離散した人々)など、複雑な背景を持つコミュニティが扱う文字がどう位置づけられるのかという難しくて多層的な問題があの一覧表の中には詰まっている。それが凄く面白いと思ったんですよね。
原田:そこまで膨大で多層的なものを扱っていく中で、先ほど話に出た鈴木哲生さんに加えて、AIスペシャリストの徳井直生さんともコラボレーションされていますよね。そこでは、AIを活用しながら作品づくりが行われたと思うのですが、実際のところ、どんな仕組みでAIの力をどう使われたのですか?
橋本:たぶん、徳井直生さんも「AIの力」とは言わずに、きっと「コンボリューショナル・ニューラルネットワーク(CNN)」の力と言うんじゃないかなと。
原田:もう一回いいですか?
橋本:コンボリューショナル・ニューラルネットワーク(CNN)です。「AI」というバズワードを絶対使いたくないというのがあって。徳井直生さんもきっと同じで、彼の単著のタイトルには『創るためのAI』とありますが、本文中では必ず「ディープ・ニューラル・ネットワーク(DNN)」とか「マシンラーニング(機械学習)」と書かれているんですね。結局「AI」と呼んでしまうと、あたかも自律的な知性を持った主体が人間をサポートしてくれるかのような幻想を生んでしまう。それってやっぱりハイプ、誇大広告的な語り方なんですよね。でも実際には、その裏側に技術スタックがあって、そこを無視することはできないという実直さがあるんですよ。徳井さんはアーティストである以前に研究者だと思っていて。僕自身もできるだけ「AI」という言葉は使いたくなかったんですね。
AI的な技術の中でも色々なサブジャンルがあるのですが、その中でも今回は画像検索に近いことをしたかったんですね。具体的には、各文字の画像データをモデルに食べさせて、そこから画像を畳み込み処理していく。もともとは何百万ものピクセル値から成る画像データを、視覚的な類似性が距離的に近くなるような潜在空間、コンパクトな空間に埋め込んであげる、というような処理をしています。
原田:それは、あまりにUnicodeが膨大かつ広大な世界だからということなのですか?
橋本:そういう背景もあるのですが、そもそも「文字」や「画像」といった情報は、たとえば16×16ピクセルのモノクロ画像であっても、256次元のパラメーターがあるわけですよね。それをもっとコンパクトな次元に落とし込んで、その空間の中に文字を配置されている状態にしてあげるんですね。その空間では見た目が近い文字同士が、近い距離に位置するようになっているんです。その上で、そうした文字が並んでいる空間の中を、一筆書きのようにたどっていくようなイメージで、動きや構成をつくっていくような考え方です。
ちなみに、徳井直生さんが手がけている「AIDJ」というプロジェクトでは、音楽を同じように食べさせて、ニュアンス的に近い音楽同士が近い位置に並ぶような空間をつくり、それをもとに自分の感覚も織り交ぜながらDJをするという取り組みをされていて。今回僕がお願いしたかったのは、そのビジュアル版みたいなものだったんです。
原田:鈴木哲生さんとは、どんなやり取りがあったのでしょうか?
橋本:もともと知り合いで、展示に呼んでもらったり、Discordで軽くけなし合ったり(笑)、そういう感じで付き合ってきたんですけど、やっぱり鈴木哲生さんはシニカルというか、グラフィックデザイナーとして常に色んな領域を漁っているがゆえに、僕に対して、質の高い“見下し”をしてくれるというか(笑)。近くにいるだけで、自分が引き締まるというか、見下されないようにがんばろうと思える存在なんです。そういう意味で、今回のプロジェクトにお声がけをさせてもらいました。
実は、今回のミュージックビデオの前に、アートワークをつくらないかという話の方が先にあって、僕がずっと気にかけていたUnicodeを使って何かできないかというテーマで始めたんです。ただ、自分はデザイナーではないという感覚が本当に強くて、やっぱり文字を扱う以上はより細かいニュアンスで文字をこねくり回せるような、その道のプロに頼むべきだなと思って、鈴木哲生さんをアーティスト側に紹介したという経緯がありました。その関係もあって今回の制作にも入っていただいた、という感じです。
原田:今回、具体的には鈴木さんはどんなことをされたのでしょう?
橋本:まず、今回の楽曲のアートワークをデザインしてもらいました。あとは、さっき出てきた『ユニコード戦記』や『チャイニーズ・タイプライター』など、文字符号化にまつわる書籍や概念をアドバイザー的に教えていただいたりもしました。
原田:ミュージックビデオの最後に、作業台が引きで映るカットがありますよね。あの場面では、実際にはどんな作業が行われていて、どういう制作プロセスで文字が出力されていたんですか?
橋本:実際のミュージックビデオを見てもらうと、一枚の紙の上に黒いペンと修正液が重ね書きされているように見えるんです。しかも、レタリングに微妙な手ブレ感があって、「人の手で描いたのかな?」と錯覚させる演出も入れています。でも、実際にはペンプロッターという装置で、ペンを自動的に好きな位置に動かして描かせることで、かなりの部分を自動化してつくっているんです。それに、あれは本当に一枚の紙に描いているわけではなくて、各コマのペンと修正液を別々のレイヤーに描き分けて、それを後処理であたかも手描きの重ね書きをしているように見せているんです。コマ撮りをしたことによって、「がんばったね」「偉いね」という加点が入るじゃないですか。それを最後に引きのカットで実際に使った装置や裏側を見せることによって、「ごめんなさい、嘘ついてました」ということを開示して終わりたかったんです。
「チマ」と「ジェネ」を行き来する
原田:手数がかかっているように見せるという話がありましたが、そもそも実際に手数をかけるということを麦さんはすごく大事にされている印象があります。以前に拝見した麦さんの講義か何かの映像で、「チマ」と「ジェネ」という言葉を使われていましたよね。“チマチマつくる”ことと、“ジェネラティブにアルゴリズミックに生成する”ことを行き来しながら制作していくという話で、そんな麦さんの創作スタイルについて改めてお話を聞きたいなと。
山田:それは造語なんですよね?
原田:造語ですよね。「チマ」と「ジェネ」。それが良いなと思って(笑)。
橋本:要は「マニュアル」か「オートマティック」かという話ですよね。
原田:そうですよね。ちょっと先回りして言ってしまうことになるかもしれませんが、プログラミング的な制作手法と、手を動かしてつくる繰り返し的な作業は、「水と油」とまでは言わないにしても、あまり相性の良いものではないという印象を持たれがちだと思うんです。実際、どちらか一方の方法論に傾倒している方の方が多いイメージもある。でも橋本さんはその間を行き来していて、そこにある種のアティチュードを感じるんですよね。
山田:そのふたつを分けて考えること自体がある種ナンセンスなんじゃないかという。たぶん、そこに対して思いがおありだと思うんですよね。
橋本:自分自身のバックグラウンドをたどると、もともと映像、アニメーションやモーショングラフィックス、実験映像などが好きでした。僕よりも上の世代が中心になると思うんですが、DIRECTORS LABELが大好きで、ミシェル・ゴンドリー、スパイク・ジョーンズ、ジョナサン・グレイザー、クリス・カニンガムなどの作品にもの凄く影響を受けました。
原田:まさに僕ら世代ですね。
山田:それを見て育ったところがありましたね。
橋本:あとは、原田さんがやっていたPUBLIC/IMAGE.ORGも本当に大好きでした。
原田:ありがとうございます(笑)。PUBLIC/IMAGE.ORGというのは、2007年から2012年くらいまでやっていたカルチャー系のウェブメディアで、当時、ANSWRというデザイン会社が運営していて、僕が編集長を務めていました。ウェブデザインやグラフィック、映画や音楽など、全方位的にカルチャーをつくっている人たちにインタビューをしていたメディアで、それを橋本さんが読んでくださっていたと。
橋本:はい。たとえば島田大介さんだったり、日本の映像作家文化みたいなものがやっぱり自分は凄く好きだったんです。そこで繰り広げられていることというのは、何万コマも重ね書きしたり、 キーフレームを手で打ちまくったりするような本当にマニュアルでの積み重ねなんですよね。 でもそれは別に特別なことというよりも、 映像をつくるなら当然そういう膨大なマニュアルの操作を通らざるを得ないという感覚がずっとありました。
それと並行してプログラミングっぽいこともやっぱり好きだったんですよ。ちょうど小学6年生の時に、なぜかおじいちゃんがクラック版のPhotoshopをプレゼントしてくれたんで。それを触り始めたのと同じ時期に、図書館でJavaScriptやC言語の入門書を読んだり、 「小学校5、6年生でもわかるやさしいJavaScript」というウェブサイトで勉強を始めていたりして。 だから僕にとっては、「プログラミングをする」とか「Photoshopをいじる」というのは、どっちもパソコンでわちゃわちゃやることとしてしか認識していなかったんですね。 むしろ、これらが業界としてきっぱりわかれていると知ったのは、 大学に入ったり、社会に出てからの話で。自分が当たり前にやっていた「After Effectsで死ぬほどキーフレームを打ちまくる」みたいな世界とか、 前回のゲストだった鹿野 護さんが紹介されていた『Quartz Composer Book』のような、 Macに標準で入っているノードベースのビジュアルプログラミング環境があるのですが、そうしたジェネラティブにつくるもの。こうしたものが業界としても、考え方としても、なんで分かれちゃっているんだろうと。 「なんで分けちゃったんですか?」というのをみんなに聞きたくて、「チマ」と「ジェネ」の話をしています。
原田:これも多分麦さんがどこかで例に出していたと思うんですが、グラフィックデザイナー的な視点でいうと、わかりやすいのが文字詰めの話ですよね。「トラッキング」と「カーニング」というものがありますが、「トラッキング」は文字全体の間隔を一律に調整するもので、これはいわば麦さんの言うところの「ジェネ」に近い考え方。一方で、「カーニング」は文字ごとの文字間を、文字通りひとつずつチマチマ詰めていく作業で。つまり、グラフィックデザイナーが普段使っているツールの中にも、実は「チマ」と「ジェネ」の往復が普通に存在しているんですよね。
橋本:そうですね。僕らがデザインやものをつくるにあたって操作するパラメーターというのは、何千、何万、何億という数があるわけじゃないですか。それをさすがに一つひとつ手で触って調整するのは現実的ではない。だから、つまみ同士に輪ゴムをかけて、複数のパラメーターをいっぺんに回してしまうような方法をとる。その発想は、たぶんパラメトリックデザインやプロシージャルモデリング、ジェネラティブアートなんかに共通して通底していると思うんです。
でも、そうやって全部のつまみがいっぺんに回ることで、「ここはもう少し差をつけたいな、文字詰め的には揃わないな」みたいな瞬間も当然出てくる。だから、どこかで輪ゴムを外して、一つひとつの膨大なつまみに個別に向き合う必要が出てくると思っていて。それが僕にとっての“チマチマ”なんですよね。一方で、世の中的には、いかに賢く輪ゴムをかけて、つまり少数のつまみで膨大なパラメーターを一気に動かすような流れがあって。一個のシード値を変えるだけで色んなバリエーションが出てくるようなジェネラティブアートは、“輪ゴム芸”だと思うんです。
ただ、僕は映像をつくる人間として、輪ゴム芸そのものをやりたいわけじゃないんですよね。最終的に「どんな結果が画面に現れるか」、つまり出力として何を世に出すかがすべてだと思っている。だから、途中で輪ゴムを外して、微調整を手でやるという工程はどうしても出てきてしまう。それが自分の「チマ」と「ジェネ」の反復横跳びをするような制作スタイルに結びついているのかなと。
山田:でもこれは凄く普遍的な話ですよね。きっとあらゆるデザインジャンルで、みんな何らかの形でチマとジェネの間を行き来するような作業をしているんじゃないかと思うんですよね。
五十嵐:面白いですね。 面白いと言うと失礼なのですが、凄く興味深いです。ご自身が大事にされているものがどういう性質のものなのか、すごく明確に伝わってくるお話で、本当に興味深く伺っています。
Webデザインの話をしよう
原田:「チマとジェネ」をつなぐ存在としてのツールの話が出てくると思うのですが、そのあたりは後編で掘り下げたいなと思っています。今回はWebDesigningとのコラボ企画でもあるので、Webデザインの話を聴いてみたいなと。その前にグラフィックデザインの話をすると、麦さんは「グラフィックデザインは好きだけど、デザインには興味ない」という発言をされていますが、その真意について聴いてみてもいいですか?
橋本:自分にとってのグラフィックデザインっていうのは、 ブレット・ビクターの定義が一番好きで。 彼は、「2次元平面上において、メッセージを伝えるためのアートである」っていう言い方をしてるのですが、 まさにそういう視覚表象としてのグラフィックに根ざした話が凄く好きなんですよ。
原田さんが企画をされていて、ちょうどこの収録の2週間くらい前に行われたJAGDAデザイン会議でも、一緒に登壇したグラフィックデザイナーの畑ユリエさんと、多摩美の教授である久保田晃弘さんのおふたりと、 ずっと何を話そうかと話していたんです。 その中で話題に上がっていたのが、畑さんが装丁をされたシルヴィオ・ロルッソの著書 『What Design Can’t Do』という本で。
原田:邦題だと『デザインにできないこと』ですね。
橋本:そうです。あの本を中心的なテーマにしないかという提案を久保田先生からいただいたんですね。僕もその本は読んでいましたし、僕のまわりでも、たとえばセミトランスペアレント・デザインの田中良治さんだったり、結構みんな読んでいるんですよ。
原田:「デザインの手前」でも何度か話題に上げましたね。
山田:そうですね。
橋本:結構難しい話だと捉えられていると思うのですが、僕にとっては凄く単純な話で、「デザイン思考なんてクソくらえ」みたいな本だと思ってるんです。最近はデザインという言葉が、経営とか色々な方向にどんどん広義化されていって、いわゆる 「ビック・Dデザイン」みたいなことが言われたりしていますよね。 でも、僕にとっては、そういう広義化したデザインというのは、「言わせとけ」という感じなんです。僕が惹かれてきたのは、たとえばTOMATOやThe Designers Republicみたいな、自分が好きだった音楽ジャンルと近しいデザインブティック的な表現で、そういうグラフィックデザイン文化が好きだったんですね。グラフィックデザインというものを自分自身のフィールドにしながら、そこから越境的に活動している方々が自分にとって憧れの存在で、畑ユリエさんもそういう存在のひとりです。
原田:Webデザインにもいま麦さんが話していたようなグラフィックデザインへの憧れに近い表現がされていた時期があったと思うんですね。Web黎明期からFlashという技術を用いて、さまざまなクリエイターたちがWebというものを表現のフィールドとして色々なものをつくっていた。そうした表現の場としてのWebデザインは、もしかしたら麦さんが参照していたところだったんじゃないかなという気がしています。
橋本:The Designers RepublicやDIRECTORS LABELと並ぶような存在として、 たとえば中村勇吾さんとか、DELTROの坂本政則さんが手がけた「The Museum of Me」とかブラウザそのものを実験場にした作品がたくさんあって、影響を受けました。商業的なもの以外にも、ネットアートなどの世界ではJodiとかエキソニモとかがいたりして、自分にとってWebというのは機能を持ったメディアである以前に、表現のためのメディアで、文化的な感じが凄くあったんですよね。インタラクティブ業界とか色々な呼び方があると思うのですが、Flashというプラットフォームがスティーブ・ジョブズの鶴の一声で消えていく中で、 それに関わっていた多くの人たちがまるでディアスポラのように、さまざまな方向に散っていったわけじゃないですか。ある人たちは上流工程に行き、ある人たちは制作の現場にとどまり、 ある人たちは中村勇吾さんのようにゲームの方に行かれたり。その中でWebというものが自己目的的な面白いインタラクションの場というところから、 BootstrapやTailwind CSSなどのモジュールを組み上げるレゴブロック的な直列組み合わせの世界に変わっていった感じが凄く寂しかったんですよね。自分が10代の頃に憧れていたスターのような人たちに対して、 「まだ、あの頃のような夢って広がるんじゃないですか?」って問いかけたくなる感じがあるんです。
五十嵐:橋本さんが仰ったように、やっぱりかつてはインターネットが表現の場だったと思うんですよね。そこでいかにみんなが面白い表現をしていくかということを、テクノロジーを使いながら、それこそ手でつくっていたところに面白みがあったと思うんですね。ただ、その後、「デザイン」という言葉と同じように、「クリエイティブ」という言葉もだんだん変遷していった経緯があるように思っていて。たしか2013~2014年頃だったと思うんですが、Adobeのマーケティング関連のセッションなどで、急に「クリエイティブ」という言葉がビジネス文脈で使われ始めた印象がありました。たとえば、バナー1枚つくることを「クリエイティブをつくる」という言い方をいまはマーケティングの世界で言ったりする。僕たちがもともとWebデザインの文脈で使っていた「クリエイティブ」とは、明らかに意味合いが変わってきて、目的語化してきているなと感じています。
橋本:それは新しい言い方なんですか?
五十嵐:あまりそういう言い方はしていなかったですね。
橋本:「クリエイティブ」は形容詞のイメージですが、広告系の人たちは名詞的に使いますよね。
原田:そう言いますよね。僕も昔からそこには違和感がありました。
山田:「クリエイティブ」に限らず、ここ10年くらいで形容詞を名詞化していく流れが、あらゆる言語領域で起こった気がします。その最たる例が「クリエイティブ」なんじゃないかと。もちろん、キャッチーな言葉として便利に使われる側面もあるけど、その言葉の枠組みに自分たちの行動や意識が知らず知らずのうちに絡め取られてしまうような部分があって、そこは凄く危険だなと思いますね。
橋本:そうですね。結局、僕たちが実際につくっているのは、映像だったりコマ撮りだったりWebだったり、 ときには88×31ピクセルのバナーかもしれないし、 すべては具体的なものでしかないんですよね。それを抽象的な概念として語ることが、 立ち回りとして賢いものになってしまった感じがしていて。
Webデザイナーというのは“ホームページ屋さん”だったわけですよね。 HTMLを書いて、PHPでマークアップして、いわばプロレタリアート的な立場だった。でも年齢が上がってくると、自分のスキルや手の動かし方をもう少し思想とか知恵的なものに置き換えていく必要があったんだと思うんです。その中で、「映像」「Web」の話をしていたはずなのに、だんだん言葉が抽象化されていって……、「嘘マジかよー」って(笑)。
『WebDesigning』リニューアルの背景
原田:今回のTDCでは、麦さんがグランプリを受賞した映像作品のほかに、実はもうひとつTDC賞を受賞した作品がありますよね。それが、AC部の「HAPPENING」というWebアプリで、こちらのデザインを橋本さんが担当されていたんですよね。縦スクロール型のGIF漫画みたいなビジュアルが音楽と同期して動いて、ユーザーが画面をスワイプすることで音がスクラッチ的に変化するという。個人的には、久しぶりに古き良きWebデザインのワクワクする表現を味わえた作品で凄く好きなんですよね。こういうWeb表現がどんどんなくなってしまっているなというのは凄く思っています。
山田:たしかに。ちょっとズレるかもしれないですけど、僕らはやっぱり電気グルーヴの仕事とかを見て育ってきた世代なんですよね。だから、バカなことを本気のクオリティでやるという表現に喜びを感じるというか。僕はあまりプログラミングが専門ではないので、素直に見て楽しむ側の立場なんですけど、音楽も好きなのでやっぱり楽しいんですけど。ただ、やっぱり楽しと感じられるようなWeb表現がどんどん減っているのは間違いなくて、それは自分の感性の問題というよりも、能動的に楽しめるインタラクティブな表現そのものが減ってきていると感じています。
原田:そういった表現をフォローしてきた媒体のひとつが、まさにこの『WebDesigning』という雑誌だったと思うんです。その『WebDesigning』がリニューアルを経て、最近はまた少し、かつての雰囲気を感じさせる方向に戻ってきているような気がしていて。せっかく編集長の五十嵐さんがここにいらっしゃるので、そこにはどんな思いがあるのかということを聴いてみたいなと。
五十嵐:ありがとうございます。宣伝の時間みたいになってきましたね(笑)。
橋本:『WebDesigning』は、ロゴを以前のものに戻されましたよね。その号で五十嵐編集長が書かれたステートメントを読んで、「ああ、すごくわかるな」と。それは単なる回顧趣味じゃなくて。たとえば、ずっと職人的に手を動かし続ける40年というキャリアだけがすべてじゃないし、人生のステージの変化によって、何にフォーカスするかというのはそれぞれにあると思うんですけど、やっぱり自分からすると、Webデザインそのものの話をもっと聞きたいんですよね。最近は、マーケター的な人たちが話しているような言説にWebデザインというものが覆われていく中で、五十嵐さんのシャウトというか(笑)。それがめちゃくちゃ嬉しかったんですよね。たぶん、五十嵐編集長自身が、かつてのWebが文化だった時代をリアルタイムで見てきたからこそ、ある種の換骨奪胎をしていこうよという意志も込められていたんじゃないかと。
五十嵐:ありがとうございます。『WebDesigning』が創刊されたのは、2001年だったんですね。当時は、ホームページをつくる、Webサイトを制作するための情報が必要で、それを届けることに雑誌としての大きな意義があった時代でした。その後、2015年に『WD』という形に一度リニューアルしたのですが、当時はWebのつくり方もWebサイトに載っていたということと、Web制作の現場も大きく変化していて、クライアントからもただつくるだけではなく、広めたり、運用したりという要素も制作者が求められるようになっていったんです。
それを受けて、当時の編集長はマーケティング寄りに舵を切るという判断をしました。でも、それから2、3年くらい経った頃からマーケティングの情報はもうWebにあふれていて、逆にデザインやクリエイティブに関する方法が体系的にまとめられているものがないなと思うようになり、2023年に自分が編集長になった時に、そっちの方向に持っていこうとまず思いました。マーケティングの情報はあふれている中で、もう一度デザインということに向き合いたいなと。最近は「デザイン」や「クリエイティブ」という言葉がどんどん拡張されている中で、雑誌名としてWebデザインを掲げている僕らが、デザインを前に出さないのは読者に対して失礼だと思ったんです。自分がやりたいことは、答えは出ないかもしれないけどそこをしっかり見定めたり、模索していくことで、自分たちで新しい『WebDesigning』をつくっていこうというのがロゴを戻した理由ですね。
原田:ここまで前編では、TokyoTDC2025でグランプリを受賞されたミュージックビデオを起点に、橋本 麦さんの創作のプロセスやスタイルについてお話を伺ってきました。後半では、映像作家であり、同時にツール開発者でもある橋本さんに、今回のWebDesigningの特集とも関連する話題でもある「デザインとツール」の関係を中心に聞いていきたいなと思っています。ここまで、どうもありがとうございました。
橋本:ありがとうございました。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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