「 問い」を持つデザインシステムってなんだ? | 引地耕太さん〈1/2〉【デザインの手前×Web Designing】
「デザインの手前」は、デザインに関わる編集者2人が、さまざまなクリエイターをお招きし、デザインの本質的な価値や可能性についてお話しするトークプログラム。ニュースレターでは、最新エピソードの内容をテキスト化してお届けしています。今回は雑誌『Web Designing』との共同企画として、クリエイティブディレクター・引地耕太さんに、大阪・関西万博のデザインシステムの設計思想などについて伺いました。
『Web Designing』誌との新企画がスタート
原田:今日は通常とは異なるコラボ回をお届けします。「デザインの手前」では、前々からゲストパーソナリティのような人にも入ってもらいたいという話を主に僕中心に言ってきたわけですが、今日はそうした方にお越しいただいているので、まずはその方をご紹介します。雑誌『Web Designing』編集長の五十嵐正憲さんです。五十嵐さん、よろしくお願いします。
五十嵐:よろしくお願いします。
山田:よろしくお願いします。
原田:なぜ『Web Desiging』の編集長がここにいるのかということなのですが、実は今回から隔月で刊行されている『Web Desiging』で「デザインの手前」が連載を持たしていただくことになりまして、その1回目が今日の収録ということになります。
まずは、『Web Desiging』がどんな雑誌なのかということを、五十嵐さんの自己紹介も含めてお願いできますか?
五十嵐:『Web Designing』は創刊からもう21年が経つのですが、Webサイトをいかにつくるのかということに対して情報提供をしてきました。リニューアルを経て、いまはデザイナーやプログラマーが外側のデザインを組んでいくだけではなく、どういうプロセス、どういうコミュニケーションを踏んでつくっていくのかということを、Webを媒体にしながら制作されている方々を対象に、いまのデザインはどういうものなんだろうということを主に特集などを展開している雑誌です。
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原田:五十嵐さんはもう編集部は長いのですか?
五十嵐:そうですね。2011年からなのでもう13年になりますね。昨年10月から編集長になりまして、それまでは少しマーケティング寄りの内容がメインだったのですが、またちょっと制作側の実際に手を動かす人たちに役に立つようなデザインというところをどう展開できるのかということで2ヶ月に1回、隔月で刊行しています。
原田:僕も以前に『Web Designing』さんとは何回かご一緒させていただいたことがあります。2011年頃にdotFesが京都で行われた時だったと思うのですが、イベントにも登壇させてもらったことがあったり、実はお付き合いは長いんですよね。最近リニューアルして、以前のWeb Desigingが戻ってきた感が個人的にはあり(笑)。そう感じている方も多いのかなと思ったりしています。
五十嵐:ありがとうございます。
原田:僕らも新しく音声のメディアを始めたこともあり、色々お話をさせていただく中で今回の企画が始まるということですね。連載企画を簡単にご説明すると、毎回ゲストをお招きするというのはこれまでの「デザインの手前」のスタイルと変わらないのですが、今回雑誌との連動ということで、雑誌の方ではこれから話す内容をグラフィックレコーディングという形でまとめていただき、それが誌面に出るんですよね。僕らもポッドキャストを始めて半年くらい経ちましたが、音声だけで伝える面白さと難しさをそれぞれ感じていたりするので、そういう意味で僕らもどんな感じに落とし込まれるのかというのは楽しみなところですよね。
山田:今日が1回目なので、まだ誌面がどうなるのか僕たちもわからないんですよね(笑)。
原田:それでは、この共同企画の記念すべき最初のゲストの方をお呼びしたいと思います。クリエイティブディレクター、アートディレクターの引地耕太さんです。引地さん、よろしくお願いします。
引地:よろしくお願いします。

多彩なキャリアから培われたデザイン観
原田:引地さんは、1982年鹿児島県生まれのクリエイティブディレクター、アートディレクターで、現在は東京と福岡の2拠点で活動されています。2016年からクリエイティブカンパニー「1→10」でエグゼクティブクリエイティブディレクター、アートディレクターとして活動し、2022年に独立されました。
スタートアップからグローバルブランドのブランド戦略、イノベーション創出やコンサルティング、コミュニケーション戦略などを幅広く手がけられています。主な仕事としては、大阪・関西万博のデザインシステム、ヤン坊マー坊リニューアルデザイン、東京2020オリンピックパラリンピック、ナイキ、トヨタなどのクリエイティブを手がけられていらっしゃいます。また、デジタルウォレットアプリを提供する株式会社Kyashのデザイン責任者も務められています。
ここから前後半2回にわたって、色々お話を伺っていきたいと思います。
引地:よろしくお願いします。
原田:まず前半は、プロフィールでもご紹介させていただいた大阪・関西万博のデザインシステムのプロジェクトを中心に、以前に『Web Designing』さんも特集されていた「デザインシステム」をテーマにお話を伺っていきたいと思っています。
簡単にご経歴紹介させていただきましたが、引地さんは色んな領域のデザインの仕事を経験されてきていますよね。『Web Designing』の読者の方にも馴染みがある「1→10」は、インタラクティブなテクノロジーを使って体験をつくるような会社だと思いますが、実はスタートはグラフィックデザイナーのタナカノリユキさんのもとで働かれていたり、領域を変えながらここまで来ているのかなと思っているのですが、色々な活動をしていく中でいまの引地さんのデザイン観がどのように培われてきたのかというところからお聞きしてみたいなと。
引地:ありがとうございます。多分僕は、デザイナーの中では相当変わったキャリアだと思います(笑)。今風に言うと「越境」という言葉がありますが、僕は熊本の大学で芸術・アートとテクノロジーを組み合わせたような領域を学んでいたんですね。デザインも勉強しますが、どちらかというとテクノロジーとデザインを掛け合わせたようなCGのMayaだったり、カラーマネジメントとか写真工学とか、そういうことを学んでいました。そうしているうちに、そもそもデザインをちゃんとつくりたいとか、学んでいることが幅広すぎて「このままで僕は大丈夫なんだろうか?」という不安に駆られてきたんですね。それでデザインのアカデミックな部分も含めて、ちゃんと一回デザイナーに学びたいなと思うようになりました。その学校にそういう方がいなかったわけではないですが、東京造形大学に2年生から編入し、田中一光さんのお弟子さんだった秋田寛さんといういまは亡くなられてしまった方のゼミに入り、しっかりデザインの基礎を勉強しました。その後、新卒でタナカノリユキさんのところに入りました。タナカさんはユニクロのクリエイティブディレクションをしたり、CMをつくられたり、空間のデザインをしたり、かなり色々やられていたので、アート活動もされていたのでアーティスト兼クリエイティブディレクター兼アートディレクター兼映像ディレクターのような方でした。
原田:まさに越境的な活動ですね。
引地:そうですね。やはりそこからの影響が凄く大きくて、タナカさんの背中を目指してやってきたところがあって、それはやっぱり全体を見たいということだったりとか、アート的な活動も始めたりしながら、やがて事業会社のクリエイティブディレクターとしてUI/UXみたいなものを見るようになりました。いまで言うとSlackやNotionを合わせたようなプロジェクトだったのですが、そのプロダクトをつくっている会社のクリエイティブディレクションやアートディレクション、UI/UXみたいなことを手掛けるポジションにいって、当時はそこまで詳しくなかったのですが、そういうことを勉強しながら、そこから1→10に入ったというキャリアです。
デザインシステムが生まれた経緯
原田:今回の万博のデザインシステムは、デジタルとアナログはもちろん、2Dと3D、現実と仮想空間など色々な領域を繋いでいくようなシステムをつくられていて、そういう意味ではまさにこれは現時点ではありますが、引地さんのキャリアの集大成的な仕事にもなっているという印象があります。
引地:そうですね。まさに自分も総括するような仕事でした。まだ早いんですけどね(笑)。まさにドットとドットをつなげていって線にして面にしていくみたいなところを意識的にやったプロジェクトでしたね。
原田:どういった経緯で始まったプロジェクトなのかというところを聞かせていただけますか?
引地:当時、万博のロゴが結構話題になったと思います。当時まだミャクミャク様はできていなかったのですが、ロゴが出てきた時に結構衝撃を受けて、このロゴは何なんだ? と。岡本太郎ではないですが、「なんだこれは?」という感じで結構インパクトありましたよね。それが凄く面白いと思えたし、これまでのグラフィックデザインとは作法が違うようなものだったので、興味を持ってプロポーザルに応募したという流れでした。
山田:東京五輪が結構シリアスな感じになっていた中で、キャラの方に話が持っていかれた感じもありましたよね。
引地:わかりやすかったですよね。
山田:一般の人にとっては凄く愛しやすい存在だったのかなと。
引地:たしかに、たしかに。
原田:これまでモダンデザインの流れとはだいぶ違うものが出てきて、賛否両論というか、どちらにも転ぶようなものでで、ある種「取り扱い注意」のロゴでもあったのかなと。
引地:間違いないですね。
原田:そういう意味では、それをどう運用していくのかというところでデザインシステムの存在が非常に重要というか、運用次第でどうにでも転ぶものという感じが、いま振り返るとしますよね。まずはこのデザインシステムについて、改めて概要をお話しいただいてもいいですか?
引地:「いのちの循環」というコンセプトでつくっていて、デザインエレメントというものが最初に定めたものでした。「ID」と「GROUP」と「WORLD」という3つのデザインエレメントをつくって、それを起点に色んなものに展開していこうというシステムですね。現代の社会のあり方だったり世界観だったり、その先の未来がどうなっていくのかという思索も含めてヴィジョンをつくりながら形にしていくことで、万博のテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」というものをどういう風に形にして、その哲学や意義というものを内包できるものにしながら、さらに体験と意匠、見た目の部分をどうつなげていくのかということを目指したものでした。よろしければ「万博 デザインシステム」と検索すると専用のページがありますので。
原田:そこでもだいぶわかりやすくまとめられていますよね。
引地:そうですね。あれはこちらでお願いしてつくっていただいたものになります。
原田:ぜひそちらも見ながらお話を聞いていただければと思います。
自然・人間・システムをいかにつなげるか
引地:今回の万博では、「いのち輝く未来社会のデザイン」という大きなテーマがあり、さらに万博のデザインコンセプトと言われるものがあって、「未来社会の実験場=Peaple’s LivingLab」というものです。つまり、未来の社会のあり方を万博の会場でどう実験していくのかと、みんなで共創しながら新しいものを生み出していく場にしようというのが大きなコンセプトでした。デザインシステムにおいても、「いのち輝く未来社会のデザイン」って何だ? ということが自分の中で腑に落ちなければ、ある種思索をしなければつくれないものだと思っていました。だから、つくる前の半分くらいの時間をかけ、さらにつくりながらも考えていきながら、「未来の社会ってどんなものなんだろう?」とか、「社会がどういう風に変化しているんだろう?」ということを考えながら形をつくっていくというか、そこを行ったり来たりしながら大枠が見えてきたという感じでしたね。
原田:「響き合う生態系」という言葉もありますが、まさにデザインシステム自体が生態系のようにデザインされていて。
引地:そうですね。実はこれまでも仕事をしながら、自分の中でひとつの下敷きにしている思索のテーマというのがあって、それを色々なプロジェクトに活かしながらやってきたところがあるので、実は土台の部分は結構積み上げてきたものがあったんですね。
原田:引地さんご自身の中での問題意識やこれまで考えてきたことが込められていると。
引地:そうですね。「人間」と「自然」と「システム」という3つの要素の関係性をどうつくっていくのか、そのつながりをどう設計していくのかというのが、自分のデザインや他の活動のひとつの中心になっていたところがあります。デザインやアートというのはやはり人間を考えるところからまず始まって。また、デジタルクリエイティブをやりながら社会や未来を考えるプロジェクトが結構出てきたんですね。ロボットをつくったりということなどもあったりする中で、人間とシステムの関係性というのは自分の中の一つのテーマになっていった。僕自身こういう仕事をしていると、東京の中心で最先端のことばかりやってきたと思われがちなんですが、全然そんなことはなくて(笑)。5000人くらいの凄く小さな町で育って、本当に自然に囲まれたところで生きてきたので、徐々に自然との対峙の仕方だったり、自分のライフスタイルが自然とつながりを求めていくところがあって。コロナの影響もあったと思うのですが、それで福岡に移住したりしながら、「人間」と「自然」と「システム」というのが、自分の生活や仕事の大きなテーマになっていったというのがあります。時代的に「人間」と「自然」と「システム」の間が分断されてしまったり、どこかに中心を置き過ぎることによって、VUCAと言われる複雑化した時代の中で色々な課題が表出してきたのが現代なのではないかというのが、僕が定義している一つの考え方なんですね。その分断をどういうふうにつなぎ合わせ、響き合わせていくのかということが自分の仕事の中の大きなテーマとしてあって、それぞれの間をどう探求していくのかということが大きな考え方として出てきたという感じです。
山田:1970年の万博で丹下健三がお祭り広場でシステムをつくって、これはよく誤解されがちですが、それを岡本太郎が突き破ったという。でも、あの2人は本当は共犯関係にあったんじゃないかという話もありますよね。丹下が「System」をつくったとすると、「Nature」と「Human」というところを岡本太郎が担ったというところもあるのかなと。
引地:面白いですね。丹下さんのお祭り広場は、あえて建物をつくらずに空間をつくっていって、「未来の建築というのは情報的なものである」と話されていたということも聞いていて、そういう過去の先輩たちが思索してきた未来というのを、どう今回の万博に繋げていって、現在の世界観の中でアップデートしていくのかというのは背景の哲学的にはありましたね。
当時、「人類の進歩と調和」というのが万博の大きなテーマだったんですね。その言葉だけを見ても、やはり人間が中心である感じがしますよね。さらに経済がどんどん上向きになっていって、どちらかというとシステムが広がり、人間もそこに取り込まれていったというか、阻害された人間性のようなものがあったのではないかと。
岡本太郎の「太陽の塔」があるじゃないですか。実はあの中に「生命の樹」というのがあって、つまり「いのち」ですよね。いわゆる生命の進化の過程みたいなものがうず高く木のようになっていて、そこで人間はクロマニョン人までしか描かれていなんです。岡本太郎本人は「人間はそんなに偉くない」と言っているのですが、そこには「人間が中心ではない」というメッセージがあったと思っていて。色んな「いのち」たちがある中で、その中の一つとして人間があるみたいな考え方だと思うのですが、何か意図しないつながりというか、1970年の万博と今回の万博が、「いのち」というものがつながっていってるような感覚があって、そこからインスピレーションを受けたところはありました。
デザインポリシーが示すもの
原田:現代のデザインの問題意識として、「脱人間中心」といったことはよく語られると思うのですが、これは同時代のデザイナーが共通して持っている部分だなというのは「デザインの手前」をやっていても感じるところです。人間と自然の関係を考える時に二項対立ではなく、その間にあるものをどう思考していくのかという話はよく出ます。そこにはある種のシステムみたいなものもやはり必要で。そうした仕組みみたいなものも含めてどうデザインしていくのかということは、いまデザインを志す上では凄く問題意識として出てくるものだなと思います。
デザインシステムの話に戻ると、「デザインポリシー」というものも定められていて、ここに書かれていることもまさにいまデザインが考えたいテーマが色々盛り込まれているなと思いました。これについてもご紹介いただだけますか?
引地:デザインポリシーはいま話した土台の思想と合わせて考えていったものですが、当然「デザインポリシーを考えてください」という依頼はないんですけど(笑)。
原田:公募時の依頼内容というのは?
引地:本当にシンプルに、ロゴを起点に色んなアプリケーションに展開していくための視覚的なアイデンティティの設計ですね。
原田:いわゆるVIをつくってくださいということですかね。
引地:そうです。そのような依頼だったので、未来ヴィジョンを可視化したり考えていくようなことも当然求められていないわけです(笑)。デザインポリシーというくらいなので哲学であり、デザイン戦略みたいなことですかね。「こういう方向でつくっていきましょう」ということを皆さんと共有するための5つのポリシーというのをつくりました。
一つひとつ細かくはサイトの方に書いてあるものを見ていただければと思うのですが、1つ目は「いのちを表現する生きたデザインシステム」という考え方です。デザインシステムやグラフィックというのは静的につくられていくという考え方があると思うのですが、先ほど説明した3つのエレメントだったり、動的に変化していくというところを、「いのち」なので成長の過程も含めて、変化のプロセスや流れのようなものをどうデザインしていくのかということをベースとして考えていました。
2つ目は「アナログとデジタル、現実と仮想の境界を横断する一貫したブランド体験」というものです。デジタル・UIとグラフィック・VIの領域というのは結構分断されていたり、グラフィックの人がつくってそれをUIの人が形にしていくみたいなところがあるのですが、最初の思想のところに一貫した考え方があった方がいいんじゃないかということを考えていきました。僕がARやXRみたいな技術を使ったコンテンツをこれまでやってきたところがあるので、むしろデジタルとアナログ、現実と仮想的な世界というのを一貫してどういう風にデザインしていけるのかというのはひとつのチャレンジというか、「方向性としてこういうことをやっていったらどうですか?」という提案も含めて、皆さんと一緒に考えていけるといいんじゃないかというある種「問い」のようなものでもあります。
山田:人の生活においてそこはもう結構融合し始めてるのに、仕組みを考える時にはなぜかそこが分断されているという不思議さはありますよね。
引地:まさにそうなんですよね。誰がそれをやるんだということになると、なかなかいないということもあったりするのかなと思っていて。お題を出すというか、問いを投げることでそこをつなげていけないかなという意識もありました。
そことつながっていくベースをどうつくるのかというところが、3つ目のデザインポリシーになります。具体的には、今回のオブジェクトやエレメントをつくるときに3Dソフトでアルゴリズムを設計して、先ほどの細胞=「CELL」というものを自動的に生成させるということをやっています。2Dと3Dを行き来するようなシステムというのを最初につくって、そこからオブジェクトをどんどん生成させていって、たくさんの候補の中から選び取りながら制作していくというデザインプロセスをつくっていったというのがこの時の形ではありました。近年、人間がAIに仕事を奪われていくというような世界観がある中で、人間とテクノロジーが一緒につくっていくプロセスのあり方を示せないかなと考え、あえて普通ではやらないようなイレギュラーな形をつくり、複雑に自動生成されてくるものから選び取っていくということをプロセスに取り込んでいます。
4つ目が、「大阪・関西万博らしさを持ったエネルギーとユニークネス」ということで、大阪の街にどんなふうに展開されたら面白いかなということを結構考えました。やはり大阪らしさは、エネルギーとカオス感。そういうことを考えて、あまりスタイリッシュに綺麗にまとまっていくというよりは、ゴチャゴチャしていてもいいんだけど、それが色んなところにカオティックに広がっていって、まさに「太陽の塔」もそういうエネルギーに満ちていたと思うのですが、そのようなことが生態系として街なかや会場に出ていったりするということができないかというのを考えていきました。
デザインポリシーの5つ目は、これは結構重要なところで、「参加と共創を促すプラットフォームとしての開かれたデザイン」。東京五輪の頃の閉塞感というか、クリエイティブ業界にモヤッとするような空気があった時に、あのロゴが生まれてきて、そこに二次創作がどんどん乗ってきた流れがあったんですね。この勢いをちゃんと最後まで繋げたり、企業や個人が参加できるようなシステムにどう昇華できるのかということを考えて、「参加と共創を促すプラットフォームとしての開かれたデザイン」というポリシーをつくりました。電鉄各社がデザインシステムを使って色々なデザインをつくっていたり、伝統工芸士の方がこのシステムを使って新しい伝統工芸のプロダクトをつくってくれたり、かなり広がってきています。さらにそれを広げて、小学生たちと一緒にワークショップをして自分のIDをつくったりということもこれからやっていこうかなと思っています。
共創を促すプラットフォーム
原田:デザインシステムと聞くと、システムという言葉が入っていることもあって、これに沿って運用していけば円滑にある程度見え感が揃って便利に運用できるものというイメージがあります。もちろんそのためのものであるという側面も当然ありますが、大阪・関西万博のデザインシステムは、先ほども言ったように「問い」が入っていて、一緒にそれを実践していくことで考えてみようという投げかけでもあると思うんですね。社会のこれからのあり方や生態系のあり方だったり、あるいはもう少し狭いデザインの未来みたいなところが含まれていて、システムではあるけど答えではないというか。問いを含んでいるシステムというのがやはり大きな特徴だし、それが結果的に共創を促していくことになっているんだなということは凄く感じますね。
引地:メチャクチャ綺麗にまとめていただき、ありがとうございます(笑)。
五十嵐:『Web Designing』でも今年2月にデザインシステムの特集をして、引地さんのページを16ページぶち抜きでつくったのですが、やはりいま原田さんがおっしゃったように、デザインシステムというのはWebの業界では末端までしっかりデザインのシステムを組むことで効率化できるし、コストも下げられるというところが大きいんですね。それをどういう風に仕組み化していくのかということがデザインシステムのポイントだと思うのですが、引地さんのデザインシステムを最初に見た時に、万博に凄い興味が湧いたんですよ。共感する部分も、考えさせられる部分もあるし、引地さんがつくったものに対して、「自分はこう思う」ということを起点にして編集部の人たちとも話ができるし、コミュニケーションのひとつのプラットフォームになっているんだなということを凄く感じていて。
当時は編集長になったばかりで、「デザインってどういうものなんだろう?」というのを考えていた時に、凄くヒントを頂いたアウトプットだったなと。引地さんの言葉で言うと「アウトカム」ですかね。先ほど「境界を超える」という話も出ましたが、「デザイン」という言葉を使う時に、Webとか紙とか、アナログとデジタルとかそういう区分けを設けることにどれだけ意味があるのか。もちろん部分的には意味はありますが、雑誌を作る時にはもう少し考えないといけないなといつも思っています。
原田:例えば、VIやロゴのガイドラインは禁止事項が多いですよね。それはデザインのプロフェッショナルによる「こう使うべき」というコミュニケーションになっている側面があって。プロではない方も使う想定でつくられているものという意味では、デザインシステムと共通する部分があると思うのですが、どうしても専門家が一般の人たちに啓蒙的にロゴやVIの使い方を指南する側面が強いと思っていて、引地さんがつくられたこのデザインシステムはだいぶそことは性格が違うなと。それは凄く大事なことであり、時代的にも求められていることなのかなと。
例えば、東京五輪はデザインプロセスが専門家に閉じられてしまったことがいま振り返ると、だいぶ色々よろしくなかったところがあったと思うんですよね。そういうところも踏まえた上で、こういうデザインシステムのあり方というのは凄く可能性があるというか、そこをみんなで考えていくというか。デザイナーの人にもそうではない人にとっても対話できるようなプラットフォームとしてデザインされているなと感じます。

山田:それがいまありとあらゆるデザインの現場で求められている部分なのかなと思うんですよね。まさにそういう時代の中で、概念的にも今回の引地さんのご提案というのは、時代の要請に伴ったものなのかなと。実行委員がどうとかいうことではなくて、社会がそれを求めてるという背景があるんだということをお話をお聞きしながら思いました。
引地:一人の創造性やヒーローだけで全部を解決することが不可能になってきたということが明らかになってきているので、多様な専門家だったり色んな人達がいかにアイデアを出し合って問題を解決していけるのかということが大事になっていると思います。今回の万博の考え方にしてもそういうところがあると思っていて、もうちょっとメタ的に見ると、先ほど話した「人間」と「自然」と「システム」といったものがある種の共創関係にあるというか、人間だけつくっていくわけではなく、上手く自然やテクノロジーの力を取り込んでいくのか。まさにそこの関係性をつくって、デザインしていくことで新しい解が生まれるんじゃないかと。共創というのは人間同士の間にもあるけど、「人間」と「自然」と「テクノロジー」の関係性においても共創が生まれるんじゃないかということは考えていたところではありますね。
五十嵐:これまでに共存、共生、共創という流れがあって、共存はお互いが単にいるだけの状態。共生は行為概念なのでお互いが干渉する。そこから発展して共創となった時に、どういう風にみんなが良くしていくのかという方向に導くために、どういうものをアウトプットとして引地さんが考えて出されたのか。これをやってくれれば、こういう風に出していけばいいですよ、という提示の仕方が凄くいまっぽいというか、山田さんの言葉を借りれば、時代が要請しているような形の出し方だったんじゃないかと思うし、凄く共感できたというのが正直なところでしたね。
引地:色んな方がここに参加してくるということを考えていた時に、何か答えを出すものではなくて、補助線を引いて「何となくこういうことを僕は考えているんだけど、みんなはどう思う?」という問いを投げかけることで、そこから新しい創造性が生まれていって、それがぶつかりながらまた新たなものが生まれていくというか。融け合って響き合いながら新たなものがつくられていくようなの創造性のあり方というのもこのデザインシステムの中で表現できるといいなと。ビジュアルにもそういうイメージがあったんのですが、カオスの中から組み合わさって、別々の人同士がアイデアを出し合いながらまた新たなものが生まれ、循環が起こるという状況が「いのちの循環」というコンセプトの中で表現しているというのがありますね。
原田:このデザインシステムのあり方は、デジタルデザインの領域でデザインシステムを考えたり、関わっている人たちにとっても参照できるポイントがあり、一方でVIなどグラフィック領域でガイドラインをつくるような時にもヒントになることがあると思っています。先ほど引地さんが話していたように、どちらの領域からも参照できるようなヒントが凄くあるなと思っていて、そこは今回ぜひ話したいと思っていたところだったので、色々お話が伺えて良かったです。
引地:ありがとうございます。
原田:ここまで、引地さんが設計された大阪・関西万博を中心に、デザインシステムの話を伺ってきました。後半では、12月17日発売の『Web Designing』の特集テーマである「デザインの基礎」に連動したお話を聞いていきたいなと思っています。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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