「わからなさ」から始まる研究的なデザインの活動 | 日本デザインセンター・三澤 遥さん 〈1/4〉
「デザインの手前」は、デザインに関わる編集者2人が、さまざまなクリエイターをお招きし、デザインの本質的な価値や可能性についてお話しするトークプログラム。ニュースレターでは、最新エピソードの内容をテキスト化してお届けしています。今週から新たなゲストとして迎えるのは、日本デザインセンターの三澤遥さんです。初回のエピソードでは、「わからないこと」からスタートする研究的なデザインの営みについて伺いました。
新ゲストは、日本デザインセンター・三澤遥さん
原田:僕たちはいま、東京・銀座にある日本デザインセンターに伺っています。ここでの収録は、およそ1年ぶりになりますね。
山田:そうですね。収録でお邪魔するのは2回目ですね。
原田:前回は、日本デザインセンターの社長でもある原研哉さんにお話を伺いましたが、今回もこちらにいらっしゃる方をゲストにお迎えしています。
日本デザインセンター、三澤デザイン研究室の三澤遥さんです。三澤さん、よろしくお願いします。
三澤:こんにちは。よろしくお願いします。
原田:僕も普段こちらに伺う機会は結構ありますが、今日は週末なので人が少なく、落ち着いた雰囲気でいいですね。
山田:打ち合わせに来ると、1階のエレベーターホールで誰に会いやすいという(笑)。
原田:そんなお話からもお分かりのように、僕も山田さんも実は三澤さんとは以前からお付き合いがあります。山田さんはいまもちょうど一緒に進めているプロジェクトがあるんですよね。
山田:はい。気づけば息の長いプロジェクトになっているのですが(笑)、21_21 DESIGN SIGHTで開催された『Material, or』という展覧会で、僕は企画協力のチームに入っていて、三澤さんがグラフィックを担当されました。いまはその展覧会のアーカイブに新しい視点を加えた本を制作中です。皆さん手弁当でやっているところもあって、時間がかかってしまっているのですが。
原田:だいぶ前からその話は聞いていました(笑)。
山田:そうなんです。でも、いよいよ形が見えてきて、とても良い本になりそうな予感で、年内には出ると思います。
三澤:ちゃんと動いてはいます(笑)。
原田:お二人とも歯切れが悪い感じですが(笑)、楽しみに待ってます。

↓こちらからポッドキャスト本編をお聴きいただけます
▼Spotify
▼Apple Podcast
https://apple.co/3Nub4Ht
↓続きもテキストで読む
原田:僕も三澤さんとはお会いする機会があるのですが、なぜか大体トークイベントでご一緒するんですよね。最初は、日本デザインセンター60周年の「VISUALIZE 60」というイベントで行われたトークで、コロナ禍だったこともありオンラインだったのですが2回ご一緒して、1回目が原研哉さん、色部義昭さん、大黒大悟さん、三澤さんという、会社を代表するデザイナーの皆さんが同じ場で話すというあまりない機会でした。
山田:豪華メンバーですね。三澤さん、凄く話しにくそうですね(笑)。
原田:若干緊張気味でしたよね。
三澤:Zoomでのトークにも慣れていなかったので、トークのバトンをしっかり繋ごうと画面の前で必死に身構えていました(笑)。
原田:その時の映像はいまも残っていて、結構再生されているみたいです。その後も、「TAKEO PAPER SHOW」で「デザインの手前」にも出ていただいていて、nendo時代に会社の同僚でもあったTAKT PROJECT・吉泉聡さんとの対談や、建築家・工藤桃子さんが自主的に運営しているメディア『MMA FRAGMENTS』の出版記念イベントにも三澤さんに起こしいただくなど、なぜかトークの場でのご縁があり、ご一緒させていただいています。
以前から三澤さんには番組に出ていただきたいという話はしていて、ようやく念願が叶ってご出演いただくことができました。ありがとうございます。
三澤:お願いします。
原田:まずは、三澤さんのプロフィールをご紹介します。
三澤遥さんは1982年群馬県生まれのデザイナーです。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科を卒業後、デザインオフィス・nendoを経て、2009年に日本デザインセンターに入社。原デザイン研究所に所属されました。2014年より三澤デザイン研究室として活動を開始し、物事の奥に潜む原理を観察し、そこから引き出した未知の可能性を実験的なアプローチで視覚化する試みを続けています。
主な仕事に、水中環境を新たな風景として再構築した『waterscape』、かつてない紙の可能性を探求した『動紙』、国立科学博物館の移動展示キット『WHO ARE WE』、上野動物園の知られざる魅力をビジュアル化した『UENO PLANET』、大丸松坂屋のVI『百様図』などがあります。
では、ここから4週にわたり、三澤さんに色々お話を伺っていきたいと思います。よろしくお願いします。
三澤:よろしくお願いします。

「わからない」を前提としたものづくり
原田:第1回の今日は、三澤さんのデザインにおける「研究」や「実験」という側面にフォーカスしてお話を伺いたいと思います。「三澤デザイン研究室」という名前の通り、三澤さんの活動はまさに研究的で、リサーチ的な側面が大きいと感じています。最近はR&Dのようにリサーチに力を入れるデザイナーが増えていますが、そこにはデザイナー側がものをつくるにあたって、「わからない」という前提に立ってものづくりに取り組む人が増えているということなのかなと思っています。その中でも三澤さんは本当に研究者的な姿勢を持つ方なのかなと。
例えば、以前ゲストにお越しいただいたnomenaの武井祥平さんと取り組んでいる「動紙」も、紙の可能性を探求するプロジェクトで、もうだいぶ長いですよね。
三澤:そうですね。6年ぐらいになりますね。
原田:そうした長期的なプロジェクトもあって、それが結果的にクライアントワークにもつながったり、広がってきていると思っています。今日は、ひとつのテーマを「わからない」という地点から探求していく三澤さんのものづくりの姿勢について聞いていきたいと思っています。
山田:原田さんは、三澤さんの仕事を意識した最初のきっかけは何でしたか?
原田:多分「waterscape」だと思いますね。「動紙」とどっちが先かちょっと曖昧ですが、「動紙」よりも「waterscape」の方が印象には残っています。「動紙」は日本デザインセンターに三澤遥さんという方がいらっしゃって、紙のプロジェクトをやっているというストーリーは繋がるのですが、「waterscape」はそもそも、もはやこれはグラフィックデザインとかそういう話ではないなと。そういう意味で、これは作品なのかリサーチなのか、何なんだろうなというのを受け止めるのが結構難しかったというのが最初の印象です。単純に魅力的ではあったのですが。
山田:実は僕も全く同じです。初めて三澤さんとお会いしたのが、台湾でのアーロン・ニエの取材後に立ち寄った「waterscape」の展示会場でした。
三澤:あぁ、あの時ですね。
山田:オープニングにお邪魔したら三澤さんがちょうどいらして、本当に少しだけお話をしたのですが、全く原田さんと同じ思いで、「これは、何だ?」と(笑)。凄く面白いけど、これは一体何なんだろうと。グラフィカルでもあるし、彫刻的でもあるし、不思議な住環境でもあるし、凄く唖然としたというか。
原田:思わぬ角度から来た感じでしたよね。
山田:初期の三澤さんの作品は特に言語化が本当にできなくて。色んな作品を見ていく中で、だんだんおぼろげに見えてきたものはあるのですが、最初は「この人は水槽をつくる人になるのかな?」と思ったら、全然違ったという(笑)。

原田:リスナーの方に向けて、三澤さんから「waterscape」がどんな作品かご紹介いただけますか?
三澤:水中の小さな生き物のために、お魚に限らず、カメとかエビとか他の生き物も出てくるのですが、そういう小さな生き物のための環境です。まず生き物が凄く好きで、小学校の頃から飼っていたのもあって、ずっと観察を家でしていることが多かったのですが、その中で生き物たちが住んでいる環境というものにとても興味があって、そこを掘り進めた時にどんなものになるかなと。小さい20センチ角のキューブ状の水槽の中に、生き物たちそれぞれの住まいを考えていきました。
当時はいま以上に自分のことがわからなかったんですよね。三澤デザイン研究室を発足した初年度だったのですが、まだお仕事も全く指名が来なくて、2ヶ月かけてパンダのカレンダーをつくっているくらい暇だったんですよ(笑)。暇なことがうれしいわけではなく、凄く危機感を感じながら、「私はこの世の中に必要ないんじゃないか」「何の存在なんだろう」というのがわからなくて、何ができるんだろうということを考えていました。
一番最初に展示の依頼をいただいたのが松屋銀座で、わからないなりに自分が一番つくってみたいものを素直につくってみようということだけを考えました。グラフィックデザインとか、何デザインとか、もはやデザインですらわからなかったのですが、「自分はこれが見てみたい」「知らない」「つくってみないとわからない」というものをやろうと決めて。それがなんて呼ばれるものかも考えていませんでした。ちなみに、松屋銀座の展示タイトルは凄く硬くて、『生き物のいる景観』という凄く堅い名前を力みながら付けた覚えがあります(笑)。ある意味、名無しというか、名前なんかいらないと思っていて、「これがつくりりたい」というものをつくろうと。
毎日松屋銀座に水を運んで、生き物を毎日朝と夕方世話しにスタッフと行くみたいな感じで展示が始まりました。そして、それがさっきおっしゃっていた山田さんが来てくださった台湾の展示につながっていきました。
原田:「わからないから形にしてみた」とおっしゃっていましたが、実際に形にしてみて見えてきたものはありましたか?
三澤:生き物とは会話ができないので、観察はできるのですが、彼らが本当に喜んでいるかも迷惑しているのかもずっとわかりません。でも、そのわからないことが好きなんですよね。「わかった」と思うより、「わからなくなってきたぞ」という感覚。半分は信じているけれど、もう半分はできないかもしれないと疑いながらつくる楽しさと苦しさがあるんですよね。
だから、仮にできなかったとしてもいいんです。「失敗」と言っていいかわかりませんが、自分の中で「あ、違ったな」ということにも意味があるし、やってみて「成り立った」ということもある。つくる意味というのが、うまくいくためだけではないというところが、自分の制作においては大切なのだといまでは言語化できるようになりました。でも、当時は全く自分がデザイナーなのかすらわかってなくて、自信がなかったですね。
原田:「わからないからつくる」ということは、「つくる」だけを考えればひとつの動機として成立するなと思います。一方で、そこに「デザイン」という言葉がついてくると、また様相は変わってくるじゃないですか。「三澤デザイン研究室」という名前も「研究室」の部分だけを取ればそれで良さそうですが、「デザイン」を「研究」すると考えると、少し話が変わってくるのかなという気もします。
三澤:そうですね。そもそも「デザイン研究室」ということが意味がわからなくて(笑)。いまもわかってやっているわけではなく、いまだにわからないのですが、私はもともと日本デザインセンターというよりも、原デザイン研究所に入りたかったんですね。一点集中型というか、原さんのところの「デザイン研究所」という名前に凄く惹かれて、何をしているんだろうと。そのわからなさはいまも続いていて、その状態でつくり続けるというところが凄く心地良くて、いまだにこの会社にいる感じです。
原田:ご自身の研究室を立ち上げる時は、会社の中での自分たちの役割や位置づけはどの程度明確だったのですか? 原さんとの間で何か話はあったのでしょうか?
三澤:「こういう部屋にしなさい」という話は全くなくて、自分がデザイナーとしてどこが良いと思ってくれたのかも言語化はしていただかなかったので、わからなかったです。
話されたのはラーメン屋さんのたとえで、「ラーメン屋さんで人気があるお店には、凄く素材にこだわって同じ一品を出すお店もあれば、ファミリーが仲良く毎日のように来るようなお店もあるし、いろんな形の経営がある。どんなお店を目指すかは自分で決めなさい」と。ただ「人が並ぶお店をつくりなさい」と言われたので、自分はそこでどういうふうに、原さんや他の研究室を持っている先輩方と違う風に研究していくか。しかもその研究とは何ぞやというのを、自分なりにクエスチョンとして持ち続けていこうということを自分に課しましたね。
原田:それがいまや行列のできる研究所になっているんですね。

過去のストックが目の前の制作に結びつく
山田:去年のクリスマス時期に、三澤さんが麻布台ヒルズで「動紙」を使ったインスタレーションを行われていましたね。
原田:「動紙」というのは、紙が磁力によって不思議な動きを見せるという、三澤さんが継続的に取り組まれているプロジェクトですよね。
三澤:はい、磁性によって動くというものです。
山田:「動紙」はくるくる動いたり回ったりするのですが、すべて同じ仕組みかと思っていました。でも、実は過去にあった失敗というか、採用しなかった案を技術的に用いたそうですね。その動きの良さというものが記憶の中にあって、それを発展させることで今回望む表現に当てはめることができたんですよね。
色々なストックというものを皆さんデザインをする上で持っていると思いますが、過去にあった案を単なる失敗として切り捨てるのではなく、いつか何かの役に立つかもしれない大切な概念として引き出しの中にしまっておくということを三澤さんはよくやられていて、そこが凄く研究的だと思うところがあります。
三澤:展示しているものが、自分の中で「THE 完成品」というイメージであまりつくっていないんです。だからおっしゃる通りだと思うのですが、「waterscape」という作品もアイデア自体は制作の5年前から頭にありました。先ほどの最新の森ビルでつくらせていただいた作品も、実は6年前の一番初期に研究していた紙の素材に立ち戻っています。「動紙」は地道に進化し続けていて、だんだん紙の性質も向上しているのですが、初期につくっていたカラフルなものは、いまとは違うつくり方をしていて、そこに立ち戻りました。今回の制作中、最初になかなかうまくいかなくて、みんな「紙が重い」という話をしていて、「そういえば初期は軽すぎて困っていたな」と思い出して、あの時の手法が使えるかもしれないと。

山田:考えを発展させていくということは凄く大事なことで、そこを理解できるクライアント、一緒にやりたいと思ってくれるクライアントとアップデートさせていくというか。アップデートというのは必ずしも前を向くことだけではなくて、世界を広げていくということもあるし、三澤デザイン研究室の仕事を見ていくと、そういうところがあるなと。大丸松坂屋のリブランディングにしても、紙を使って「百様図」と言われるグラフィックを表現されていて。
原田:紙を重ねて動かすことで、色々な模様が出来上がるというものですよね。
山田:はい。凄いことをやっているのですが、百貨店ような硬くて大きな企業が、一緒にやっていこうとなるのも三澤さんの特徴なのかなとも思います。
原田:「わからないからつくる」ということがあった時に、ある種の研究テーマみたいなものがあるわけじゃないですか。個人の作品はご自身の探求されたいテーマを形にしていけばいいと思いますが、クライアントワークの場合は、探究テーマが色々なところから出てくる気がしています。例えば、先ほどの麻布台ヒルズの作品のように、「動紙」というご自身のプロジェクトの延長線上で生まれたものもあるし、逆にクライアント側から与えられる新しい研究テーマもあるのかなと思ったりもします。
三澤:大丸松坂屋のプロジェクトも、過去のストックがきっかけでした。だいぶ前に、穴の開いた不要な紙が部屋に大量に積まれていて、それが綺麗だったのでスタッフと動画を撮っておいたんです。今回「文様」という話が出てきた時に、それが思い浮かび、みんなに見せたことで始まっていきました。
ただ、紙袋が必要だったり、自分の個展とは違うので制約だったり、ルールやNG事項もやはり入ってきます。その中で、一番自分が機能する形で一緒に取り組む方々に展開できるか。自分の力を開き切ることが凄く難しいから、葛藤しながらやっていますね。

研究者との協働で学んだこと
原田:常に自分の中に興味の引き出しがあって、外から投げかけられるお題に対して、それらを出会わせていくような感覚なのですか?
三澤:例えば「WHO ARE WE」という国立科学博物館で哺乳類の剥製を展示した際には、研究者の方々に徹底的に話を伺うところから始めました。自分の中に知識が飽和状態になって頭が痛くなるくらい情報を聞いて、それを何度も繰り返して形にしていくという、逆に何もない更地から始まるようなものもあります。
原田:情報を浴びる中で、わからないことがわかったり、あるいはさらに分からなくなったりということが起こっているということですよね。
三澤:そうですね。
原田:三澤さんのプロジェクトでは、その分野の専門家、“ガチ研究者”とのコミュニケーションもありますよね。そういう方たちとのやり取りは三澤さんにとってどんなものなのですか?
三澤:研究者の方と本格的にご一緒したのは『虫展』での小檜山(賢二)先生で、ゾウムシの研究者をされている方でした。ゾウムシの写真も撮られる方で、写真集が凄く美しいんです。その先生もそうですし、国立科学博物館の先生たちもみんなわからないことは、はっきり「わからない」とおっしゃるんです。わからないことを誤魔化さずわからなくていいんだ、沈黙があってもいいんだ、と。それを共有する姿勢というものを研究者の皆さんから教えていただきました。
展示の言葉を編集する際も、「です・ます」と言い切るのではなく、「であろう」「という仮説がある」といった表現が選ばれます。最新の情報であっても覆されるかもしれないし、全然違う事実が判明するかもしれなくて、言い切れない部分がたくさんあるということを知ったんですよね。それが面白いなと思いました。
私たちはメチャクチャわからない世界に生きていて、ほとんど何もわからないまま死んでいくんだなと思ったら、知れることがいくらでもあるなと。「WHO ARE WE」を通じて、「これっぽっちも知らない」ということを知れたことは喜びだったし、それを知った上でつくることが凄く大切だなと思いました。
原田:専門家ですら「わからない」と言ってくれるのは、ある種勇気づけられますね。どうしてもわからないことは怖いことだと捉えられがちなので、「わからないことにとどまる」というのは簡単なことではないですよね。

山田:デザインやビジネスの世界では、どうしても結果を求められがちで、誰かが「わかる」と言い切らなければいけない環境が往々にしてあります。でも近年は、そうじゃなくてもいいんじゃないかというのが社会の風潮になっていて、デザインにおいても分からなさを許容することが、近年の課題だと思います。学術研究と同じように、答えが出ないことが結構いっぱいあると認識することがいまの大きな流れなのかなとは思います。
原田:デザイナーの立ち位置がちょっと変わってきているのかもしれないですよね。これまでは「答え」を出してほしくてデザイナーに依頼をしていて、いまももちろそういう役割は求められると思いますし、答えが出せないのはそれはそれで困るところがありますが、どちらかと言うと一緒に研究テーマや問いを考えてくれる存在としてデザイナーがいる。場所にもよりますが、そういう立ち位置に少しずつ変わっているのかなと思います。そういう意味では、三澤さん的には追い風なのかなと思ったりもします。
山田:三澤さんと近しいTAKT PROJECTの吉泉聡さんもそうですし、we+などもそうですが、「わからない」ということを受け止める人たちがいま第一線で活躍されている。その中の一人に三澤さんもいるのかな思います。
原田:その中だとやはり会社の規模として日本デザインセンターは大きいので、「もっと稼げ」と言われることもあるのかなと(笑)。
三澤:とても言われます。稼ぐのが多分一番苦手です。
原田:その辺は三澤さんの中で葛藤はあるのですか?
三澤:そうですね。凄くあります。ただ、求められているものが稼ぐことだけかというと、きっとそうじゃないので凄く難しいなと思います。どちらかだけ取ってくださいという話では全くないので、その中で苦しみながらギリギリ楽しむというか、倫理観みたいなものも含めて、そのギリギリさが自分を律するには大事なのかなと。
原田:1回目は、三澤さんの「わからない」というところから始まる研究的なデザインのあり方、クライアントワークとのつながり、研究者とのコミュニケーションなどについて聞いてきました。
この配信のタイミングでちょうどいい展示のお知らせがあるということなので、最後にそれだけお聞きしてもよろしいですか?
三澤:はい。HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKEの展覧会『AMID IN PAST OF COLORS / 積み重なる色』が、21_21 DESIGN SIGHTのギャラリー3で、3月14日から4月12日まで開催されます。もうすぐですので、ぜひお越しください。
原田:ぜひ足を運んでみてください。次回2回目は、三澤さんのプロジェクトにおいて僕らがユニークだと思っている要素のひとつでもある「言葉」にフォーカスしてお話を聞いてみたいなと思っています。三澤さん、今日はありがとうございました。
三澤:ありがとうございました。
山田:ありがとうございました。
最後までお読み頂きありがとうございました。
「デザインの手前」は、Apple Podcast、Spotifyをはじめ各種プラットフォームで配信中。ぜひ番組の登録をお願いします。
Apple Podcast
https://apple.co/3U5Eexi
Spotify
https://bit.ly/3IJDRoZ
お便り投稿フォームを設置しました。番組への意見や要望、感想、相談など何でもお気軽にお寄せください。
https://forms.gle/Mv3sVpgtjgCtpP996
各種SNSでも情報を発信しています。こちらもぜひフォローをお願いします。
Instagram
https://www.instagram.com/design_no_temae/
X
https://twitter.com/design_no_temae
note
https://note.com/design_no_temae

