「目的」との出合いが、デザイナーの道を拓く | 太刀川 英輔さん〈4/4〉
「デザインの手前」は、デザインに関わる編集者2人が、さまざまなクリエイターをお招きし、デザインの本質的な価値や可能性についてお話しするトークプログラムです。ニュースレターでは、最新エピソードの内容をテキスト化してお届けしています。NOSIGNER・太刀川英輔さんをお迎えする最後のエピソードでは、デザインと社会の関係をテーマにお話を伺いました。
プロジェクトは偶然の出会いから
原田:NOSIGNER太刀川英輔さんをお迎えする最終回となります。今日は、ちょっと抽象的なテーマではあるのですが、デザインと社会あるいは未来といったお話をしてみたいなと思っています。
山田:太刀川さんはやっぱり問題意識があるから色々なアクションを取られていると思うのですが、例えば環境省とのプロジェクトというのは、先方が『進化思考』を読んだことがきっかけという話がありました。こうした外側からのニーズなども含めて、色々な要請がされている状況があると思うのですが、それをご自身ではどのように捉えていらっしゃるのですか?
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太刀川:「こういう分野に関われるといいな」とか「こういうところに実はデザインは使えるんじゃないのか?」という仮説が積み重なるじゃないですか。デザインの外の色々な情報を見ていくと、「これは凄くダサいけどデザインをしたらチャンスがあるんじゃないか」とか、自分の中で関わりたい分野リストみたいなものが多分できていると思うんですね。でも、自ら創業するほど胆力や知識がそれぞれの分野にあるわけではない。そうした中で、そういう分野の専門家やその分野でなにか熱を持ってやろうとしている人と会った時に、そこまでできているなら、あとはデザインというものがあればそれを先に進めることやつながっていなかったことをつなげることができるかもしれないですよね。また、自分の中で興味があるからリテラシーが積み上がっていくところもあって、要はそういう準備ができた状態で誰かと会えるのかということが重要なことだったんじゃないかと思うんですよ。
例えば、気候変動適応策についても、声をかけられるまで言葉として聞いたことがあるくらいの認識でしたが、蓋を開ければそれはかなり防災の話なんですね。そうなると僕はもう10年以上関わってきているし、サーキュラーエコノミーとか森林保護とかそういったことも適応策に相当するし、あるいはハードウェアや建築の設計だったり、やってきたことが大体適応策じゃんと。自分の中でこの分野にデザインがきっと届けられるといいんじゃないかという学習が進んでいるタイミングで、そういう偶然の出会いがあってプロジェクトの形で発動するんですよね。でも、そもそも興味がなければあまり調べないじゃないですか。調べていなければ、そういうチャンスが来てもチャンスだと思わない。そういう形なので、ある意味ではほとんど全部偶然なんですよね。
山田:デザイナーは自分の予想外の案件が来た時に、自分のやりやすい手法で回答を出すことがあるじゃないですか。
太刀川:ありますね。
山田:太刀川さんはそれを結構毎回変えていくというか、向き合っていくというやり方を取られているように思うんですね。そのためには勉強が必要だし、色んなことが必要だと思うのですが、その準備はどうされているのですか?
太刀川:それは痛いところで、やっぱりスタイルが固定されているデザイナーの方が評価がわかりやすいということがあると思うんですよね。僕の師匠もやっぱりルーバーだなと思われていると思うし、安藤(忠雄)さんはコンクリートだなと思われていると思うんです。でも一方で、デザインやプロジェクトというのをその場所にしか生えないキノコのように捉えてみることもできると思うんですね。その場所の生態系を読み解いて、その場所だからこそ輝くような手法もあると思うんです。そうした分かりづらい道を取っているから、多分僕ら自身はあまり知られていなくて、僕らがつくったものの方が良く知られているということがあると思うんですね。それが良いことなのか悪いことなのかわかりませんが、僕らは良いことだと思ってそういう風にしているところがあります。
ちょっと話を戻すと、勉強のプロセスについては、「趣味にする」というのが1つ目としてあります。例えば、仲間がつくるホテルをブランディングするとなった時に、僕はその会社の社外取締役だったりするので、「俺もホテルのオーナーになるってことね」と。これはチャンスだということで、泊まったことがないような高級ホテルに泊まりまくってみるとか(笑)。そういうことがクオリティを培っていくわけだから、毎度そうやってこのプロジェクトだから楽しめる余地がないのかということを考えたいと思っていますね。もちろん時間がなくてやりきれない時もあるのですが。あと、素人だから興味があるという状態をマックス値にしておくことで、知識は後からついてくると僕は思っていて。だから、学習が必要かなと思ってやっていると人は学習しないと思うんです。それが自分の趣味になっていて、それを楽しむために学習が機能するということがなんとなくわかっているという状態に自分を持って行くということが僕は上手かもしれません。
いかにライフワークにできるか
山田:この質問は太刀川さんじゃないと聞きにくいと言うか、他の人だとネガティブな要素にもなりそうなのですが、デザイナーというのはプロジェクトから手を離す瞬間というのがあるじゃないですか。もちろんお付き合いは続いていくと思うのですが、手が離れていく瞬間というのはどのように考えているのかなと。
太刀川:でもデザインにおいては明快な切り替わりがあると思うんですよ。建築が竣工したとか、商品が市場に出たとか、次の広報戦略を考えるとか。将来バリエーションをつくることはあるかもしれないですが、そのタイミングまでとりあえずいまの形でランニングしてみますと。リブランディングが終わって、新しいロゴがリリースされたとか。だから、そのタイミングで一旦手を離れると思うんですよ、自然と。手を離しているという感覚もなくて、なんとなくプロジェクト的にそろそろ大丈夫そうみたいな。ただ、一緒に会社をやっているような場合もあって、その場合は継続的に例えば月一くらいは話そうとか、そういう感じでしばしばデザインはしていないけど、たまにコンタクトはしていますみたいなことはあると思うのですが、あまり手を離す瞬間を意識したことはないですね。
原田:デザインはクライアントワークだけしかないという捉え方をしてしまうかどうかでそこも変わってくるような気がしています。デザインが社会にどう接続していくのかという議論は年々増えていると思うのですが、一方でそもそもデザインというのは社会と関わってなんぼだと考えると、そういったことはわざわざ議論するまでもないということもあると思うんですね。その時に、デザイナーとして何ができるのか、社会とどうコミットするのかというのは、ここまでにもよく出ている「好奇心」という言葉にもつながるかもしれないですが、そこにクライアントがいる時もあれば、いない時もあるというか。そうした考え方の転換ができるかどうかで、社会との関わり方や関わりしろは大きく変わる気がしていて。いま太刀川さんが話されていた自分が経営にも関わることがあるというのは、まさにそれを端的に示しているのかなと。そうするともはやクライアントではなく、協働していくパートナーになる。例えば、SUSTUSというサーキュラーエコノミー専門のコンサルティングをする会社を一緒につくりましたといったものがいくつかあるわけじゃないですか。そうするとクライアントワークとしてデザイナーができることと、まただいぶ社会との関わり方が変わってくる気がするんですよね。
太刀川:それが言いたかったです。例えば、防災の話で言うと、「OLIVE」というプロジェクトを2011年3月13日に立ち上げたんですよね。3月11日に東日本大震災があって、そこから40時後にOLIVEを立ち上げてから現在まで13年間防災のプロジェクトに関わり続けているわけですよ。たしかに「東京防災」のプロジェクトは手を離れたかもしれないし、「OLIVE」もだいぶスローダウンしているし、防災キットをつくったのもずいぶん前のことになっているけど、いまも気候変動の話をしているし、優れたハザードマップをつくるための技術を自分でGISで頑張って磨いていこうということをやっています。これらはつながっているんですよね、僕の中で。なぜなら目的が変わらないからです。クライアントはたしかに変わっていっているかもしれないし、時にはクライアントがいないのですが、ライフワークのように続いていることだし、続けているからこそ新しいクライアントとも出会えているようにも思うんですよ。
先ほどのホテルの話にしても、築200年くらいの奈良井宿にある古民家をリノベーションしてBYAKUという宿を仲間と一緒に経営しているんですね。これも昔から地域の伝統文化や文化財は残されるべきだとずっと思っていたし、職人さんとデザインをすることから僕らは始まっているので。場所も変わっているしクライアントも変わっているようだけど、目的が別に変わっているようには思わないんです。前のことをやっていたから次につながるし、前に一緒にやっていた人との協働ができたりすると思うんですよ、その次のことを始まっていく中で。だから、なるべくブルシット・ジョブをやらないというのは重要だと思うんですよね。自分が意義があると思うものになるべく寄せるし、寄せられないならなるべくやらない努力をする。そのことによって積み重なっていくじゃないですか、道が。新しく協働する人たちを、かつて協働した人たちのコミュニティにつなげるチャンスがあったりするので、それは本当におっしゃる通りかもしれないですね。クライアントワークをどうやってライフワークに変換するのかということかもしれません。
山田:結局1回目の話の姿カタチみたいな話になると、そこが主体性だったりすると世の中では思われてますが、太刀川さんにとっての主体性というのはいまおっしゃっていた言葉のようなところというか、ある意味倫理観ではないですが、それが他のデザイナーとちょっと毛色が違う部分なのかなと。でも、おそらくご自身の中では凄く素直に、自然にやった結果こうなっているということなんですよね。
太刀川:そのつもりなんですけど、変な人扱いが多いんです(笑)。
デザイナーのアイデンティティ・クライシス
原田:いまデザインで未来をどう描くかという議論は凄く増えていて、これは重要なことではありますが、一方で気をつけないといけない議論でもあるという気がしています。デザインというのはある種凄い力を持っているわけじゃないですか。それをもちろん良い方向に使っていけばいいのですが、ちょっと使い方を間違えると人々をあらぬ方向に先導してしまうところもあります。最近だと、ダークパターンみたなものも問題になっていますが、デザインの力を図らずも悪用してしまうこともあると思うんですよね。デザインに何でもできる、あれもこれもデザインだという全能感に包まれすぎてしまうことで見失ってしまうものもあるんじゃないかと。そこはいま改めて考える必要があるのかなと思っています。デザインにできることがどこにあるのか、その力がどういう風に使われるべきなのかというのは、前回の自然と人間の関係の話に関しても、人間の創造性を図らずも悪い方向に使ってしまったことのツケがいま来ているとも捉えられるわけです。何でもかんでもデザインを使えば良いんだという単純な話ではないというところがあるのかなと。
太刀川:本当にそうですよね。僕はソーシャルデザインという言葉が昔から好きなわけではないんですね。すべてのデザインは社会に関わると思っているからです。やっぱり僕はそのデザインが非常に短期的かつごく限られた状況だけにしか適用できていないという時点で、悪になり得ると思うんですよ。視野が狭いことや短いことに自体が。端的な話、「飲んだ後のペットボトルがどこに行くかは知らん」というのはメチャ短い時間、狭い空間の中では正義で、最も早く水分補給をする方法だけど、少しスコープを伸ばすと明らかに矛盾が見えてくる。その矛盾を見ないようにすることはできるわけです。結局デザインの力が上手く働かないとか、これは悪とは何かということにも近い話だと思うんですよね。例えば、ナチス時代における悪とは何だったのかみたいな話も、例えばシュペーアとか色んな人たちがいますが、あれも結局自分の民族だけという凄い狭い話ですよね。それが世界なわけないじゃんというところにフォーカスを当てちゃった時点でその悪が始まっていると思うんですよね。だから、その狭さが問題だと思うし、それをエクスパンドする努力というところに、エクスパンドする余地を見つけたら、それはソーシャルデザインという風に呼ばれているんですよ。ゴミのことまで知らんと思ってたけど、考える人がいたんだねというところでそう呼んでもらっているところがある。でも、そんなの考えるの当たり前じゃんということでもあるんですよね、長期的に見れば。それができなければ、あらゆるツールがやっぱり悪用され得るんだと思います。狭ければ狭いほど、短ければ短いほど悪だと、その空間や時間に関わっていない人たちからは見えるので。
原田:いま読んでいるもので、BNNから出ている『デザインにできないこと』という面白い本があるんです。シルビオ・ロルッソさんという方が書いている本で。例えば、以前に「デザインの手前」に大阪・関西万博のデザインシステムを設計された引地耕太さんは出ていただいたのですが、デザインシステムというものはある種のガイドラインで、デザイナーではない人たちのためにデザイナーがデザインしたものですよね。この本の中で面白いことが書かれていて、デザインシステムにはデザインを民主化していくという思想があるんだけど、その結果、本来デザインの専門家だった人たちの専門性がちょっと怪しくなってきているという状況があると。自らそういう世界に向かっているのに、デザイナーの足場が怪しくなってきているという状況があると。これからはデザインが大事だと社会で言われて、それがどんどん高まっていけばいくほど、デザインの専門的な仕事をしてきた人たちが自分の専門性がどこだったっけ?という状況になってしまうということが、すでに訪れているかもしれない気がしていて。そこに対して、デザイナーたちはどう捉えるのか。この本の中では、そういう人たちのことを「普通のデザイナー」と表現していて、いわゆる巨匠と言われるようなデザイナーなどトップランナーではない、デザインを日々の生業にしている人たちにこそその状況が訪れているというのは本当にそうだなと。デザインを使って社会とどう関わるのかという議論をする時に、そういうことも忘れてはいけないなと。
太刀川:本当にそうだと思いますね。「進化思考」の中で、進化を導くのは「変異」と「選択」の往復であるということを長々と560ページも書いたのですが、これはつまりどう変わり得るのかということと、どう適応に向かっているのかということを絶えず観察し続けなければいけない、あるいは絶えず変え続けないといけないということなんですよね。それによってのみ生き残っていけるということでもあると思うんですよね、進化から学ぶことがあるとするならば。つまり、デザイナー自身も自分や自分のスキルセットをどういう風に変化させ続けることができるのかということがひとつ問われていると思います。
これだけ変化の激しい時代において、何も変わらずにデザイナーがこれからもいままでの仕事ができると思っていたけどできなくなっているというアイデンティティクライシスがあるならば、新しいことをやってみた方が良さそうだと思うんですよ。本来デザイナーはみんなものをつくること、新しいことをすることが好きな人たちだから、その力は皆さんあるはずだと思うんです。つまり変わるということに対して前向きになっていくということもそうだし、いまの社会でデザイナーが必要である背景にあるニーズや、どういう関係性において僕らが役に立っているののかということも劇的に変わっている状況がある中で、 これまでもこれからも同じということはないから、変化が激しいから定期的に観察をして、自分たちがどっちに適応していくだろうかということをやっぱり自分たちで考える必要があると思うんです。
デザインへのニーズがいまの領域でなくなることがあったとしても、すべての領域でなくなることは多分ないわけだから、一体どっちに僕らが向かっていくのかなと。僕だってまったくわからないし、誰もわかってないと思いますが、わからないなりに不格好に踊っている人の方が多分レジリエントだと思うんですよね、こういう時は。色々試してみるとか、新しいことを不格好ながらやってみるとか。たしかにおっしゃる通り、いまアイデンティティクライシスになりやすいと思うのですが、だからこそ新しいことをやってみるみたいなことが自分を助けるんじゃないかなと思います。
山田:僕たちは本や雑誌をつくる仕事もしていますが、出版業界の問題としてよく言われることであり、僕がずっと感じているのは、雑誌をつくりたくてつくっているわけではなく、情報を続けたくてつくっているんですよね。だから、情報を届けるということで考えれば、出版社という会社で考えた場合はなかなかアイデンティティクライシスなのですが、「情報を伝える」という軸は何ら変わらないわけで。それがインターネットになろうが、2035年くらいにはもしかしたらインターネットの次のものが出ていて、僕たちは脳みそ同士で会話ができるようになっているかもしれないけど、次のプラットフォームみたいなものが出てくるのだとしたら、今度はそれに乗っかっていけばいいだけの話であって、何を目的にやっていくのかということですよね。目的と手段が混在しやすい時代になっているなというのは端々で思っていて、形をつくるデザインというのは雑誌をつくるプラットフォームということと変わらなくて、もう少し上の概念のところを見据えて仕事に取り組まないと、結局同じことになるというか、自分たちも消費されるものになってしまう。デザインは本当のところを言うと行動であって目的ではないから、その履き違えを気をつけないといけないというのはありますよね。

原田:名詞的ではなく動詞的に考えるということだと思うんですよね。例えば、JAGDAというグラフィックデザインの団体が、日本グラフィックデザイナー協会から日本グラフィックデザイン協会に変わったというのも、「デザインをする」ことに注力するんだということで、そういう流れになってきているんだろうなという気はしますね。
太刀川:そう思いますね。いま山田さんが言ってくれたこともあるけど、やっぱりデザインをするということは、どのような目的に向かっていくのかということと、それをどのような形に定着させるのかという、つまり「WHY」と「HOW」のバランスであり、その両立だと思うんですよ。これがうまくいかないでHOWだけに行くと、いつの間にか何のためにものだっけとなるし、目的を握りしめているということは楽しく生きていくコツのような気もするんですよ。目的なく仕事をしてしまいがちだと思うんです。目的自体は自分で見つけるしかなくて、誰かから与えられるものではなかったりするけど、目的に自分で出合いやすいとか、自分の仕事は何のためにあるんだろうということを、ちょっと抽象的かもしれないけど考えてみる中で、その中から出てきた「デザインはこれに貢献できるかもしれない」と思っている目的を積み重ねていくと、その人それぞれの歴史になると思うんですよね。それが僕で言ったら、防災や脱炭素や伝統産業になっていくと思うのですが、そういうものを持っている限りにおいて、クライアントワークであるかどうかはそんなに問題ではないのかもしれませんね。
原田:ここまで全4回にわたって、NOSIGNERの太刀川英輔さんにお話を伺ってきました。デザインに関わっている人たちにとって勇気づけられるようなメッセージも聞けたんじゃないかと思います。
最後に今後の告知などがありましたらお願いします。
太刀川:あまりないのですが、『進化思考』の増補改訂版が2023年12月に出て、それが徐々に世界に広がっていて、先日インドネシア版が出ました。また、普段の僕らの仕事はものをつくることなので、最近もオカムラというオフィス家具のメーカーとカッコ良くアート作品のような形で展示できる工具箱をつくったり、いまもレジリエントなトレーラーハウスをつくったりしているので、NOSIGNERのデザインがほしいなという人はぜひ注目をしておいて下さい。
原田:ありがとうございます。次回はまた新たなゲストをお迎えする予定です。ご自身がデザインをする方ではないのですが、デザインと非常に密接に関わっている方で、バイヤーの山田 遊さんにご登場いただきます。こちらもぜひ楽しみにお待ち下さい。
では、太刀川さん今日はありがとうございました。
山田:ありがとうございました。
太刀川:ありがとうございました。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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