なぜ建築家には男女ペアが多いのか? | 長嶋りかこさん×工藤桃子さん〈前編〉
「デザインの手前」は、デザインに関わる編集者2人がさまざまなクリエイターをお招きし、デザインの本質的な価値や可能性についてお話しするトークプログラム。ニュースレターでは、最新エピソードの内容をテキスト化してお届けしています。今回からグラフィックデザイナーの長嶋りかこさんとお届けする新企画がスタート。初回は建築家・工藤桃子さんをお招きし、前編では建築界のジェンダーギャップなどについてお聞きしました。
長嶋りかこさんとスタートする新企画
原田:今回は、これまでの「デザインの手前」の配信エピソードの中でも特に反響が大きかった方にゲストパーソナリティとして参加していただきます。グラフィックデザイナーの長嶋りかこさんです。よろしくお願いします。
長嶋:よろしくお願いします。
原田:その節はありがとうございました。
長嶋:ありがとうございました。色んな人に聴いていただけたようで良かったです。
原田:僕らとしても長嶋さんの回で聴いてくださる方の裾野が広がったイメージがあります。
山田: この番組は、プロダクトや建築、グラフィックなど色々なデザイン領域の方に聞いて頂いてるのですが、男女関係なく長嶋さんのお話が凄く励みになったという若い方も結構いらっしゃるんですね。あまり話されてこなかった部分なのかなと。
原田:これまで「デザインの手前」では、デザインをする手前にこそ本質的な価値があるのではないかということで色々なお話を伺ってきましたが、僕らも想定していなかったような長嶋さんのデザインの「手前」の話というのが凄く共感を得たのかなと感じています。
長嶋:うれしいです。
山田:そういう話をもう少し聴いてみたいと感じているリスナーの方も多いのではないかと僕らも感じて、今日は長嶋さんのスペシャル回というか。
長嶋:ありがとうございます。
原田:長嶋さんに出て頂いたのは2024年9月で、ちょうど『色と形のずっと手前で』という本を出された時期だったんですよね。その本でも書かれていたような、ご自身の妊娠・出産・育児にまつわる、まさに色と形を扱うグラフィックデザインの仕事に全然たどりつけないという、“ままならない”手前の話をして頂きました。今回はその延長線上で、長嶋さんの気が向いた時に主に女性のゲストの方をお迎えして色々お話を聞いていこうという企画で、今後不定期で続けていけるといいなという話もしているところなんですよね。
山田:今回は、ホストが長嶋さんになって、僕らはサポート役に回る感じになりますね。
長嶋:頼りないホストですけど(笑)、よろしくお願いします。
↓こちらからポッドキャスト本編をお聴きいただけます
▼Apple Podcast
▼Spotify
↓続きもテキストで読む
原田:その後、近況報告的にはいかがですか?
長嶋:おかげさまで書籍は引き続き色んなところに届いている感じがしています。個人の方たちもそうですが、本屋さんが再注文してくれたりすることも増えていて、業界以外の方たちにも届いている感じがしています。
原田:色々なところでトークイベントもされていますよね。
長嶋:そうなんです。結構やりました。SNSのDMやメールで、私に直接本当に色々な声が届くので、それなら会って色々な人たちと思うようになって。あとは、異なる場所で異なるジャンルのものづくりをされている人たちが主に育児と仕事の両立をどうやっているのかということを知りたかったのと、ジェンダーの壁とか、ものづくりのことなど色々話をしてみたかったので、色んな場を訪ねていったりしながら対話をしてきました。
「やっぱりみんな大変だったんだね」と思わず肩を組みたくなるような声を聞けたし、みんなも言いたかったんだなということをその場で感じることができました。遠くの人でも、近くの人でも、知っている人でも、知らない人でも「おーい、みんなどうしてるの?」という気持ちでやっぱり気になっていたし、それは子どもがいるいない関係なく、女性という時点でデザインや芸術、ものづくりをしている人たちのハードルというのは大なり小なりあると感じていたし、自分はその壁に子どもを産むまで無自覚で全然気づいていなくて。むしろ波乗りしていると思っていたけど、「あれ? 実はそうじゃなかったのかもしれない」と後から気づいたところがあって。それでみんなの話を聞いてみたいなという気持ちがありました。
初回ゲストは建築家・工藤桃子さん
原田:1回目のゲストを長嶋さんからご紹介いただいてもよろしいですか?
長嶋:建築家の工藤桃子ちゃんです。よろしくお願いします。
工藤:よろしくお願いします。1回目に呼んでいただいてありがとうございます(笑)。

原田:まずは、工藤さんのプロフィールをご紹介させていただきます。 工藤桃子さんは、東京出身の建築家です。 幼少期をスイスで過ごされ、多摩美術大学 環境デザイン学科を卒業後、組織設計勤務を経て、工学院大学の藤森照信研究室 修士課程を修了されました。 2016年にMMA Inc.をされ、建築設計、インテリアデザイン、展覧会の会場構成など幅広く手がけていらっしゃいます。
これまでの主な仕事として、帝国ホテルの食品売り場「GARGANTUA」、サントリー白州蒸溜所のレストラン「Hakushu Terrece」の建築設計並びにテイスティングラウンジの内装、CFCLやTHE WINE STORE DEAN&DELUCA、SOLSO HOMEなどの店舗設計、HOMME PLISSE ISSEY MIYAKEのインスタレーションデザインなどがあり、個人の住宅設計なども手がけられていらっしゃいます。 また素材への関心・視点をビジュアライズしたジャーナル『MMA FRAGMENTS』の発行なども行っています。
そんな工藤さんと長嶋さんと一緒に色々お話しできたらと思います。 よろしくお願いします。
工藤+長嶋:よろしくお願いします。
原田:ちなみに、おふたりの関係は長いのですか?
長嶋:どうだろう。
工藤:10年前くらいな気がする。私がちょうど独立するかしないかくらいの時によくみんなでご飯行く時とかにりかこさんもいらっしゃったり。
長嶋:イタリアで会ったりとかね。
工藤:そうそう。あと、野球をやってたり。
長嶋:そうだ!(笑)
工藤:りかこチームに入って。
原田:長坂常さんの収録の時もそんな話が出ていました。
工藤:当時私はまだスタッフがいなくて1人でやっていたので、どのチームにも助っ人に入れたんです。時にはりかこチームに入ったり。当時りかこさんがデザインしたキャップも持ってます(笑)。あれがもう2016年とか。
長嶋:もうすぐ10年経っちゃう?…怖い話だね(笑)。

建築における女性とキッチンの関係
長嶋:建築業界はやっぱりマッチョというか男社会だと思うし、女性が建築家としてやっていくというのは、最近は女性一人でやっていらっしゃる方もいるけど、ビジネスパートナーとしての男性がいたり、男女ペアで支え合うことでマンパワーを発揮できる業界なのかもしれないなと端から見ていて思ったりするんですね。でも、桃ちゃんはひとりでやっているから、そこにはどんな苦労があるのかなと。やっぱり業界的には、昔ながらの行事も含めて多いだろうし、職人さんとか大工さんとかそれこそ力仕事みたいなところとも通じているかもしれないけど、男性が多い中で女性が建築家でやっていくというのは大変だと思う。周りから見たらソツなく建築をやっているように見える桃ちゃんだけど、実際どうなのかなというのは聞いてみないとわからない気がしていて。業界的にはやっぱり男性が多いし、男性の人たちも実際に話を聞かないと気づかなかったりすることも多いんじゃないかなと。
私は男社会で仕事をしてきて、初めて妊娠・出産となった時に、変化していく身体の特徴ゆえにいままでやってきたことができなくなったところがあって、その時に初めて自分が生きてきたのが男社会で、その慣習や状況に自分が合わせていたんだということに後で気づくみたいなことがあって。桃ちゃんはいま凄く走っているし、良い仕事をたくさんしているけど、仕事をしながら感じている性差の壁も色々あったりするのかなと思って、お声がけをさせていただきました。
工藤:ありがとうございます。ジェンダーの話はいままで意図的にしてこなかった部分があったから、今回お声がけいただいて、一旦「私でいいの?」という疑問を投げたし、多分りかこさんが感じていることと、私が持っている女性のイメージはちょっと違うんじゃないかと。それは敵対とかそういうことではなくて、友人として色々話せるんだけど、ちょっとだけ価値観が違うところもあるかもしれないから、「私で大丈夫?」という話を一度投げたんですよ。そしたらむしろ良いと(笑)。
山田:建築の世界はもちろん楽ではないと思うけど意外と女性はいて、林雅子さんなど戦後から女性の建築家は一定数はいるんですよね。もちろん男女比で考えると少ないですが割と常にはいて、でも「女性だからキッチンが上手いだろう」とか、そういうバイアスはずっとあるんですよね。
工藤:例えば、浜田さんという初めてシステムキッチンみたいなものを追求して設計された方は、自分では一切台所に立たないで旦那さんが立っていたという逸話とかもありますよね。
長嶋:『建築をあたらしくする言葉』という本があって、「ジェンダー」や「家族」など建築におけるさまざまなテーマのもと、色々な方が文章を書かれているのでちょっと読んでみたんですけど、その中でまさにそんなことが書かれていて。家というものがつくられてきた時に、封建的な家制度の名残によって、台所に女性を立たせるということがベーシックな家づくりのフォーマットになって、それが量産されるという歴史があって。例えばケアというものを性別に限定されるものではなく、イーブンにやっていくための視点を入れた時に、家の空間に対してキッチンを入れるのではなく、近隣の家と共同のキッチンや育児スペースを設けるとか、もう少しコミュニティとして成立する共同の空間というものが必要なんじゃないかという動きがあったということが書いてあって。いままたそういう視点は求められているのかなと思うと、家づくりとかコミュニティというところに求められる建築も変わってくるのかなと思ったりしていて。
山田:ジェンダーの役割だけではなくて、必ずしも親が料理をつくらないといけないのかとか、子どもがもっと安全につくりやすい環境をキッチンでつくるとか、みんなのために開かれていくということが建築の場合は特に進んでいくのかなと。キッチンというのはジェンダーで超えなくてはいけない部分もあるし、もう少しユニバーサルなデザインであるためにどうすべきかということを考える上で一番わかりやすいものなんですよね。
建築業界は男性社会!?
原田:暮らしの場は時代が変わっていくといち早く変わる場所のひとつだと思いますが、それをつくっている業界が変わっていくのかというのはまたちょっと別の話ですよね。そういう意味では、建築・デザイン業界は女性で活躍されている方ももちろんいらっしゃいますが、業界としてジェンダーに対する考え方が進んでいるのかというと、つくっているものは時代を反映しているものであるにも関わらず、業界自体はそんなに進んでいないんじゃないかということを感じざるを得ないところがありますよね。
工藤:私が初めてジェンダーというものを意識したのは、森美術館で行われた『建築の日本展』の会場構成に入った時で、80組100人の設計の方が参加している展示だったんですけど、「この中で女性ひとりでやっているのはあなただけだよ」とキュレーターに言われて。
長嶋:みんなペアってこと?
工藤:大体女性はペアで出てたね。
原田:グラフィックはどうですか? 女性で単体で活動されている方もいらっしゃいますよね。
長嶋:多いです。多分建築は、物理的に重いものを持たなきゃいけないとか、そういうこともありそうな気がします。グラフィックは自分の手の届く範囲でできる仕事だから、あまり男女関係なく始めやすいというのはあるのかもしれない。結局その先で、子どもが生まれてからの変化をどのように受け入れていくのかということに未だに性差が生じやすいという話はあるけど、その手前は始めやすい感じはあるかもしれない。
原田:でも、女性の建築家でもスタッフとして男性を雇ったりしてチームをつくることは全然できるような気がするのですが、男女ペアでやらないと成り立たないというのはどういう理由がこれまでにあったのですか?
工藤:やっぱり現場に行くと、未だに女性がいないんですよ。こないだ行った建築の現場も女性トイレがないんですよ。そういう環境だと女性が意見しても通りにくいことも当然あって、そういうところは男女ペアになって男性がカバーをするとか、そういう役割分担をしてきたというところはなんとなくわかります。

長嶋:女性が上棟式に入れないみたいな話もしていたよね?
工藤:女性が入れない地域もある。もともと建築家というのは大工さんから派生した職業で、明治時代には造額と言われていて、大工さんがメインで設計も施工もするというのがいわゆる建築の最初だったので、そうなるとどうしても男性社会なんですよね。つくるということもついてくるから、女性でそれをやる人はいなかった。やがて建築学というものが海外から入ってきて、建築は学問になったんだけど、つくる人は大工さんだからいまでも古い慣習が残っていて、木造の現場に行くとその慣習の中に私も入らないといけない。この間やった長崎の物件は、上棟式の時に棟梁が気まずそうに「神様が女性だから上がらないでください」とと。上棟式というのは床ができて、その上で神事をするんだけど、そこに上がれない。だから、設計やっているけど女性陣は外から眺めるという。
山田:相撲とかと同じ世界ですよね。
工藤:そうそう。神様が女性というのは女性を入れないための慣習でもあると思うんですよ。男社会を守るためなんじゃないかなと。
山田:神様の設定にしても、大体女性の神様は嫉妬深いとか。
工藤:そうそうそう(笑)。女が入ると嫉妬しちゃうからとかね。
長嶋:男だって嫉妬深い人いるけどね(笑)。
工藤:女同士でスクラムが組めないみたいな。それも面白いでしょう。女の人はチームにならない。入っちゃダメというのはありました。
女性建築家への偏ったイメージ
工藤:私は大学を卒業してから組織設計に入って、300人くらいの人たちと一緒に働いていたんですけど、その中で女性の総合職は私の上司に当たるくらい上の年齢の人2人だけで、一人は子どもを産む前と後のお休みが一週間ずつで。出産後もすぐに現場に出たということを聞いて、私はそういう世界に自分が入ったと思ったんですね。だから、あまりジェンダーに対して怒りがなかったというか、自分から男社会に入っていったと思ってしまったんですよ。あと私は身長が高くて、身体のサイズ感が男性寄りで、そういう意味では凄く得していて、現場に行ってもそんなの女性扱いされないところもあったんですよね。
原田:仕事を続ける中で、女性であることを意識せざるを得ない状況はそこまでなかったのですか?
工藤:独立した当初はありましたね。まだ作品も少なかったので、選ぶ理由が女性の建築家だからということもあったし、それが会社の中で通しやすいなら全然その理由を使ってもらってもいいですよという感じで、どちらかと言うとポジティブに捉えていたのですが、ふと「女性」というものを外したら私はどうなるんだろうと。
長嶋:まったく同じこと思っていた。よくあったもん。
工藤:私がつくるものって一体なんだろうというジレンマはちょっとあったのですが、作品が積み上がっていくうちに、そちらで評価してもらえるようになってきて。年取ったせいもあるのかもしれないですけど、ちゃんと作品を見て評価してくれているのは気持ちが良いですね。
長嶋:でも、いまだにあるかな。座組として、「男性しかいないから入って」みたいなこととかね。それ以上の理由がほしいけど、まず最初にそれがあるという。
工藤:それはたしかにあるかもね。

原田:ある建築のコンペで、女性の建築家限定のコンペにしたいという話があって、その理由は楽しい雰囲気の空間をつくりたいからということだったらしいんですね。それでも参加された方たちは工藤さんがおっしゃたようにポジティブに受け止めていたと思いますが、でもやっぱりそこには相当なバイアスがあると思うんですよね。そういうバイアスが発注にも関わってきているという。
長嶋:別に女性限定にしなくても、「楽しさ」というテーマだけがあればいいと思うんですけどね。
工藤:ジェンダーギャップ、たしかにありますよね。いまふと思い出したんですけど、学部生を終えた後に就職活動をしたことがあって、結局挫折してやめてしまうんですけど、本当に腹が立ったのは男女で面接を分けるということをしている会社があって。いまはもうないと思うんですけど、その瞬間に私帰っちゃったんですよ。やってられない、こんな会社と思って。だから、当時からやっぱりちょっと意識としてはあったのかもしれないですね。女性を並べて面接するということは、女性に求めている何かがあるということなんですよね。
長嶋:まさか容姿とかそういうこと?
工藤:容姿というよりは、楽しさとか優しさとか、そういうことだと思う。
山田:「女性は優しい」とか「女性は家庭的」とか、男性は妄想が凄いですよね。そうではない人もまわりにいっぱいいるはずなんですけど、見えていないのかなと。「優しい」とか「親切」というのは個人的なパーソナリティの話であって、別に性に基づくものではないのに勝手にそう思ってしまうというか。
原田:長嶋さんに前回出て頂いた時、男性のデザイナーは出産とかでストップするようなことがないから、先に行かれてしまう感覚があるという話をされていましたよね。工藤さんはお子さんはいらっしゃらないということですが、男性の建築家や同業者に対する目線はどう持たれているのかなというのも聞いてみたいなと思っていました。
工藤:あまり意識したことがなかったというのが正直なところで、男女という意識はちょっと薄くて、言ってしまえばみんな友達になってしまうところがあるのですが、とはいえ独立して働いてみると男性の建築家となかなか仲良くなれないところがあって。やっぱりちょっとだけ女性を下に置きたいところがあるんですよね。何回か男性の建築家と一緒に働けるといいなと思ってトライしたこともあるんですけど、同世代は大体上手くいかなくて、俺より前に出るなと言われちゃうんですよ。いまはスタッフや外部の人たちもいるんですけど、下の世代になると全然気にしないんですよね。そういう意味ではだいぶ変わってきたと思うんですけど、私と同世代かそれより上の人はやっぱり「俺より前に出るな」という感じを端々で感じますね。やっぱりみんなカッコつけたいので。私はたぶんそういうのを「ペン!」とやってしまうというか、「そんなの脱ごうよ」とやってしまうので、嫌がられるよね(笑)。

固定された理想の家族像
工藤:今回りかこさんと話をするにあたって色々考えていたんだけど、自分が子どもを産むか産まないかを選ぶ時に、やっぱり男性の設計士を意識したというのはやっぱりあって。いま止まれないなと思うタイミングだったり、じゃあいつ止まると考えられるのかと思った時に、男性にはこういう悩みがないのかもしれないなと思ったら、ちょっとうらやましいというか。女性は何回か人生を選択しないといけないフェーズにさらされるんだなと私は35歳の時に思ったんですよ。私はもともと子宮に病気があって、20代の頃からずっと産婦人科に通っていたんですけど、産婦人科医からは産めるか産めないかはトライしないとわからないと言われていたんですね。でも、やっぱり病気自体はちょっと可能性が低くなるものだったので、35歳までに産まないという選択をするなら自分の中で決めようと決意をしたんですよね。それまでに結婚しようという話もあったんですけど、やっぱりその一歩を自分が踏み出せなくて。35歳というのはもう高齢出産の枠に入るから、入った時に結論を出そうと思って決意したんですよ。子どもを産まないと決意したなら、乳母になるか、逆に仕事で社会貢献しないとなという気持ちはあって。昔の長屋って色んな子たちがミックスされて子育てされていて、それが凄く良いなと思っていて。社会の中でみんなで子どもを育てるというのは意外と蓋を開けるとウェルカムな人が多いというか。
長嶋:メチャクチャウェルカムどころかありがたいことだし、そのニーズがガッチリあったらいいよね。介護とかもそうかもしれなくて、できるだけ赤ちゃんとか幼児と一緒にいた方がおじいちゃんおばあちゃんも元気みたいなこともあるし。
工藤:多摩美の頃の同級生はほとんど結婚していて、緩やかな働き方になっているんだけど、そういう同窓会とかに行くとやっぱり異色なんですよね、一人で仕事をしているというのが他にいなくて。彼女たちも彼女たちで働きたいけど働けないという部分もあるけど、家庭を持っているという自信もあるというか。そういう時にたまにやっぱり当てられる時はあるんですよね。「子どもいいよ」「結婚しないの?」とか。
長嶋:ゾッとするね。子どもを産んだ身としてそれだけはしたくないというか、そこはあくまで個々の選択であるというか。
工藤: 「まだ間に合うよ」とかね。私は選択したと言っているのに、「いまの年齢ならあと5年はいける!」とかね。だから、結婚していないシングルというのは結構どちらからも挟まれるなと思っていて。家族というものの価値観で話されるというか。
長嶋:本当に家族というものの概念が更新されてほしいよね。家族という概念が古いがゆえに苦しんでいる人たちが絶対いると思うし、そこは選択だから。その形がデフォルトであるということをそろそろ認めてほしい。こんなにたくさん離婚していたりとかするしね。
工藤:私のまわりも離婚している人は多いから別になんとも思わないし、それが不幸だとも思わない。
長嶋:子どもを産まないということもそうだし、家族という言葉やあり方がもっと解体されてほしい。
工藤:「理想の家族」みたいなものから語られてしまうと、それを手にしていない私、みたいなことになってしまうんだけど、その理想は誰の目線からの理想なのかということが意外と考えられないまま、理想をこっちに持ってこられる。あなたはそれに合っていないから不幸だよねみたいになってしまう。その枠に私を入れないで、私はそこにはいない選択を自分でちゃんとしたからと。
日本社会の悲しい現状
原田:現代社会というのは、子どもを産まないという決断をした時点で、「私の人生、子どもとはある程度距離を取って生きていくんだ」ということが選択しやすい社会だと思うんですよね。工藤さんみたいに子どもは産まないけど、社会の中で乳母のような存在になるんだという考え方はなかなか顕在化もしていかないし、そう思えている人は少ないけど、例えば「デザインの手前」に出て頂いた金野千恵さんのように、多世代の人たちが交流できる福祉施設をつくって、「こういうあり方いいよね」というものを社会に実装していく役割が建築家やデザイナーにはあると思うんですよね。そういう意味で、ただ言うだけではなく、そこに介入をしていける仕事なんだろうなと。
工藤:そういう仕事やりたいですね。もうちょっと福祉の仕事をしたいと思っているので、ぜひお声がけいただければ(笑)。
山田:場やプログラムをつくっていくというのは建築家だけではなく、色々な人と手をつなぎながらやっていくところがあって。まさに金野さんはそういうタイプなので、プログラムをつくっていく人たちと手をつなぎながら、建築だとそれをどう表現できるのかと。そういうところをもう少しつくっていけるといいのかなと。
工藤:そう思います。やっぱりちょっと社会が不寛容だなと思うんですよね。子どもを連れているお母さんが結構大変そうだなと思っていて。私は小さい頃ヨーロッパで育ったのですが、結構田舎町だったこともあるんですけど、子どもを凄く可愛がってくれるんですよね。スーパーとかに行っても「あら、可愛いわねぇ。 アメ食べる?」とか、「お母さんが荷物持ってるから私見てるわよ」とか、ベビーカーで階段を上げられないお母さんを見ると、知らない男の人がパっと来て「上げてあげるよ、どこまで?」と手伝ってくれるんですけど、日本人は結構困っていても、関わる方が怖いと思っているような感じがありますよね。
山田:ベビーカーを電車から降ろそうとしている時とかもちょっと持ってあげるだけで簡単に降りられるのに、全然手伝わないじゃないですか。
工藤:そう。私はなるべく声をかけるようにしているんですけど、難しいなと思うのは、声をかけても嫌がるような方もいらっしゃるじゃないですか。「自分でやるので大丈夫です」と。遠慮なのか、やられるのが嫌なのかわからないんですけど。

長嶋:やっぱりいくつか理由があるんだと思う。もちろん周りの手があった方がいいし、手伝ってほしいと思っているお母さんはいっぱいいると思うし、寛容な社会であってほしいと思う一方で、本当に危ないことが起こるパターンもあって。例えば、お母さんの抱っこ紐の背中の留め具をいたずらで取っちゃう人がいて、それで赤ちゃんが落ちちゃう事故とかあるわけ。本当に変なことをする人というのがたまにいるということがあって、手伝ってくれたり声をかけてくれる人たちをありがたいと思う一方で、変な人が寄ってきてしまう可能性が少なからずある悲しい社会というか。だからこそ、私も声をかけられた時はメチャクチャ嬉しいということを表した方がいいと思ってる。それが多分その人の次の行動にもつながるし、その連鎖は続いてほしいんだけど、一方で悲しい社会の現状もあるという。
工藤:難しいね。みんなで育てるという発想の中にもそういうことが起こり得るリスクも生じるということだよね。理想論だけで考えると、みんなで子どもを育てられるような場所が社会にできたら、そういう見方が少し変わらないかなという希望もあるんだけど。
長嶋:社会が子どもに慣れていったら、そういう人だってちょっとは減っていくんじゃないかと思うんだよね。
工藤:そう期待しちゃうよね。そういう風になるといいなと思うけど。
山田:街の構造自体が、例えばエレベーターをつくったり、先ほど長嶋さんが言ったように日本は色んなものがケアが効いているんだけど、もしかしたらそれによって手伝わなくていいみたいに思ってしまっているところもあって。
工藤:そうそう。それが自己責任という言い方になってしまうんだと思う。
山田:エレベーターがあるから、老人やベビーカーを引いている人を手伝わなくていいのかというと別にそんなことはないんですよね。高度に色んなものをサポートしているような見せかけではあるけど、人と人のサポートみたいなことが逆に失われているというか。
原田:まさに金野千恵さんの回にそんな話をしたような気がするのですが、仕組みだけあればいいわけでもないし、ケアの気持ちだけあればいいわけではなくて、そこを上手く行き来できるような状況がないといけないというか。ケアの気持ちがあって目の前の人をケアすることはできても、ケアをしたいという気持ちとケアを求めている人がうまく噛み合わないこともあるわけじゃないですか。逆に仕組みだけつくっていけばみんながケアされるわけでもないし、ケアをするという行為に対する向き合いがやっぱり必要だから、どちらかだけがあればOKではないんですよね。建築やデザインの話につなげると、どちらかだけをデザインすればいいわけではないみたいなことなんですよね。
(後編に続く)
最後までお読み頂きありがとうございました。
「デザインの手前」は、Apple Podcast、Spotifyをはじめ各種プラットフォームで配信中。ぜひ番組の登録をお願いします。
Apple Podcast
https://apple.co/3U5Eexi
Spotify
https://spoti.fi/3TB3lpW
各種SNSでも情報を発信しています。こちらもぜひフォローをお願いします。
Instagram
https://www.instagram.com/design_no_temae/
X
https://twitter.com/design_no_temae
note
https://note.com/design_no_temae




